2011年7月5日火曜日

不幸を知る装置


こんにちは

ぼくは自動制御が嫌いです。
自動制御の中に、監視設備というのがあります。
機械が何かトラブルを起こしたとき、それを自動的に教えてくれます。
大変便利で役立つものですが、これも嫌いなんです。
時々、こんなの知らされても困るよ、というものがあったりするからね。

今は梅雨。とても湿度が高いです。
スパコンから出る大量の熱は、最後は屋上の冷却塔から水を蒸発させて、大気中に捨てます。
スムーズに水が蒸発するには、湿度は低いほうがいい。
湿度って、大気中にあとどれくらい水蒸気を含むことができるか、という指標ですから。
今は梅雨時なので外気の湿度も高く、水は蒸発しにくい状況。

昨日、監視設備で「冷却水温度高」という警報が発生しました。
警報が出れば、設備を監視している人は驚きます。
驚いて、その警報=異常を解消しようと思います。
あれこれ、あたふたやらなきゃならない気持ちになりますよ。

でも「冷却水温度高」の場合、対応できることは何もないのです。
なぜ冷却水の温度が高くなったか。
それは梅雨時で湿度が高く、冷却水が十分蒸発できなくなった。
蒸発して熱を奪えなくなってしまったので、冷却水の温度が十分下がらなくなった。
そういうわけなんです。

つまり、自然現象。
これに対してなにか対処しようったって無理です。
外気の湿度はコントロールできないからです。
当然スパコンを冷やしている冷凍機を停止することもできない。
警報を出されたって、何も出来ないんですよ。

このように、何も対処のしようのない装置を、はやぶさプロジェクトのリーダーである川口さんは「不幸を知るための装置」と言っています。
はやぶさには、小惑星イトカワに着陸してサンプルを採取する装置が搭載されていました。
スタッフから、サンプルが取れたかどうか確認する装置を付けたい、という提案がありました。
が、川口さんはそれを却下したんです。
「無駄だ」と言って。

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サンプル回収がリトライ可能なミッションであれば、事情は違います。
もう一度パラメータ(設定値)を変えてやってみるとか、まったく別の手段が用意されているとか、地球から次の手を打てるのであれば、その装置には意味がある。
しかし、「はやぶさ」のミッションにおいては、残念ながら意味のあるものではないのです。
つまり、善処する手段がない場合、悪いニュースはメンバーの士気を下げるので、そのニュースは伝えないほうがいい。
気持ちとしては分からなくはないんです。
サンプル回収が成功したら、それは嬉しいことなので、そのニュースはできるだけ早く聞きたいと思う。
でも「ニュースを早く聞こうと思うな」なんです。
「悪いニュースを早く聞いてどうする」「不幸を早く知ろうとするな」ということです。
(川口淳一郎『高い塔から水平線を見渡せ!』NHK「仕事学のすすめ'11.06」、56p)
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はやぶさのサンプル回収は、たった1度しかできない仕組みだったんですね。
成功しようが失敗しようが1回限り。
失敗してもやり直しはできないのです。

ロケットは搭載できる重量が制限されています。
だから無駄な装置は積み込めない。
サンプル回収が成功したかどうか検知する装置の重量だって無駄にはできません。
たった1回のトライしかできないサンプル回収。
成功したときは、それを検知する装置は「よいニュース」を知らせてくれる。
でも失敗したとき、その装置は「不幸を知らせる」だけになってしまうのです。
こういう装置は無駄なんですね。

スパコン施設における「冷却水温度高」警報も、何も対処ができないという意味で「不幸を知る装置」の一種だと思います。
たしかに冷却水の温度が高くなると、冷凍機の効率は下がってきます。
冷凍機の効率が下がってきたとき、その原因が冷却水温度が高いから、とすぐわかるのは便利かもしれません。
でも、ちょっとした訓練を積んだエンジニアだったらそんなことは自明です。
わざわざ警報で教えてくれるまでもありません。

あ、わかりました。
ぼくはこういう警報が嫌いってことじゃなくて、安易に何でもかんでも警報にしてしまう人が嫌いなんだって。
たぶん、これも知らせてあげよう、あれも警報にした方がいい、という親切心なのかもしれません。
でもねー、ぼくはそこに思考の欠如も感じちゃうんですよ。
なんでもかんでも警報として取り込んでしまった方が「安全」ってね。

この「安全」って誰のための安全でしょうか。
設備を運転するぼくたちにとっての安全ではない。
この警報設備を作った人たちにとっての安全に過ぎないんですね。
もしも重大な警報を取り込むのを失念して、設備が破壊したり、事故が起こったら大変です。
なぜこんな重大な警報を取り込んでいなかったんだ!と叱られる。
もちろん責任問題にもなり得ます。
そういう事態は避けたいのは当然です。
だから、そのリスクを下げるために何でもかんでも警報として取り込んでしまうのです。
で、その中に「不幸を知るだけの装置」がたくさん紛れ込んでしまうのです。

まあ、建設工事の時はとんでもなく忙しく、じっくり考えている時間もないのもわかります。
ぼくもこの装置を作ったメンバーの一人、しかも総括的な立場だったわけですから、十分チェックできなかった反省もあります。
でも「不幸を知るだけの装置」という概念を持って、ものを作っていくことは大切だと思います。
それによって、本当に必要なもの、ないと困るものと、あってもなくてもいいもの、ないほうがいいものを峻別できるようになると思うのです。

1 件のコメント:

まーちゃん さんのコメント...

こんにちは
まぁ確かに「今それを言っても仕方ない事」ってありますよね。
例えば僕は山登りをするのですが、クタクタに疲れた時に「疲れたぁ~」とか「腹減った~」とか言われても行動を進めなければ何も状況は変わりません。場の雰囲気を下げるような事はベテランの人は言いません。
冷却水高温ですか。。。20年ほど前の自分ならば水をドンドンつぎ足しまたけどねぇ 焼け石に水でしょうか(笑)
逆に冷凍機の低圧リレーが働く時などは、クーリングタワーを止めて冷却水を熱くする事で高圧圧力を高めて運転の安定度を高めたりした事もありました。 あぁ懐かしス
ハヤブサの採取用タマの発射失敗は「人間のすることの魔」というヤツで、プログラム変更時のミスだったのです。
1.安全装置を外す 2.タマ発射 の順序が逆になっちゃっただけの事でした。。。ホントにトホホな事でした。