2011年2月16日水曜日

はしかは恐いか、恐くないか


こんにちは

まだとしきくん4歳は時々具合が悪くなります。
肌もちょっと乾燥肌で、夜中にかゆがって起きることも。
とはいえ、徐々に改善してきてキズをつくるほどひっかくことも少なくなってきました。
全体的に肌もツルツルの部分が拡大してきています。
これならワセリンなどでコントロール可能でしょう。
恒常的に医者通いしなくてすむ。
夜中にかゆさで起きる回数も減ってきています。

溌貴君も0歳の時はすごい乳児湿疹でした。
頭や顔が血だらけになっていました。
ひっかかないように、寝るときに「ひじっこ」という肘が曲がらないようにするサポーターを付けていたこともありましたっけ。
何とか乗り切り、今も若干乾燥肌気味ではありますが、特にスキンケアをしなくても夜もぐっすり。
元気満開で、名付けたとおりの元気溌剌溌貴君になりました。

乳幼児の時の湿疹は、体内からの毒出し作用。
顔や頭は発生学的にエラだった部分で、排泄器でもあったわけです。
乳幼児はまだ排泄器としても働いている。
皮膚は一生涯排泄器でもあり続ける臓器ですしね。
この毒出し作用を薬で抑えてしまわない方がいい。
抑えてしまうと毒が体内に留まり続け、薬で抑えている間は治ったようになりますが、薬が切れたり、薬が効かなくなってしまうとまだ一気に吹き出してしまう。
だから血まみれになってちょっとかわいそうだったんですが、溌貴君もとしきくんも毒が出来るまでがまんしました。

お医者さん、医療も怪我や急性的な病気の時は頼らなくちゃいけないものだけど、慢性的な病気でずっと病院がよいしなくちゃいけないというのはよろしくない。
そうならないように強い身体になるよう、あれこれやってきました。
風邪も幼児のうちは罹った方がいい。
それによって免疫力が身に付くから。
だからインフルエンザ予防接種はしませんでした。
インフルエンザで重症になる子どもは、栄養状態が悪かったり、他の持病があって元もと病気への耐性がない子ども。
普段元気なら、インフルエンザに罹患しても重症化することはまずないんです。

同様に、はしかなどの予防接種もしないできました。
たとえ保健所から「無料接種のお知らせ」が届いても無視。
できれば自然に罹患して、自力で治ることによって、免疫力を身に着ける方がいいからね。
それに免疫力もなく体力も十分でない乳幼児に予防接種して、それによって重篤な病気になってしまう子どもも結構いるわけです。
そのリスクを考えたら、乳幼児期は予防接種はしない方が得策だと判断したのです。

瀬名秀明/池谷裕二『東大博士が語る理系という生き方』PHPサイエンス・ワールド新書¥850-にこうありました。

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日本でははしかに感染して死ぬ子どもはそれほど多くなく、死亡する確率(致死率)は1%以下といわれています。
これは、日本が極めて清潔で、医療も発達した国だからです。
アジアやアフリカなどの上下水道や医療機関が未発達な国では、いまだに子どもたちに蔓延するはしかは死にいたる恐ろしい病気の一つで、その致死率は10%~40%にも達します。
なぜかというと、麻疹ウイルスに感染すると、免疫抑制が引き起こされるからです。
免疫とは私たちの体内に備わっている、外敵を撃退する仕組みで、これが抑制されると、元気なときには知らない間に免疫系がやっつけてくれているはずの細菌などの感染に対する抵抗力を失い、合併症にかかりやすくなります。
そのため、あまり清潔でない国では、はしかにかかった子どもが、はしかのせいでというよりも、下痢などの合併症によって死んでしまうことが多いのです。(古谷未央、268p)
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昔(昭和20年代頃まで)は、はしかで死亡する子どもが多かった。
それは日本の栄養状態や衛生状態が悪かったからなんですね。
はしかのウイルスによって免疫抑制が起き、他の病原菌が増殖し、合併症で死んでしまった。
今の日本は栄養状態や衛生状態もとてもいいので、たとえはしかに罹っても死ぬようなことはなくなっているんです。
日本人のはしか予防接種の接種率は低い。
日本でははしかはそれほど恐い病気ではなくなっているからです。

が、外国では違います。
未だ栄養状態、衛生状態が悪い国は多い。
だからはしかは恐い病気に変わりないのです。
日本人が外国に行くとき、一緒にはしかウイルスも連れてきてしまう。
それが現地の人たちに感染し、広がってしまう。
そのため日本は「はしかの輸出国」と言われています。

溌貴君は4月から小学生です。
だんだん世間が広くなり、近い将来には外国へ行くこともあるかもしれません。
体力もついてきていますから、そろそろ予防接種をした方がいいかもしれませんね。
もしかすると知らないうちに既にはしかなどに罹っていて、免疫ができちゃっているかも。
まずは免疫ができているのかどうか、診断してもらおうかと思っています。

2011年2月15日火曜日

締め切りを守れ!


こんにちは

ぼくは「締め切り」にうるさいやつです。
仕事を頼まれても頼んでも、締切日を明確にしないと気がすまない。
「なるべく早く」とか「ゆっくりでいいよ」とか、あいまいな指定は嫌。
○月△日、ときっちりと決めないと、安心できない。
日にちを確定して手帳にメモしないと気がすまないんです。

それは今までの経験から得た教訓なんです。
「ゆっくりでいいよ」と言っていた人が、突然「あれ、どうなってる?」なんて催促してくることが多いんですね。
ゆっくりでいいと思っているので、当然やっていないわけです。
でも催促されると、やっていない方が悪いみたいな状況になっちゃう。

誰でもそうでしょうが、催促されるほど嫌なことはありません。
まるでこっちがサボっていたような気になってしまい、無能であるかのような劣等感を植え付けられてしまいます。

その点、具体的に締切日を設定していれば「それは○月△日のお約束です」と言える。
ちっともやってなくても「お約束の○月△日には提出できますよ。進捗状況もばっちりです」なんて言っちゃえます。

スケジュール管理で大事なのは、締切日よりもその作業をいつやるか、なんです。
締切日が明確なら、逆算して作業する日程を組みやすい。
仕事の優先度もつけやすいのです。

反対に誰かに仕事を頼んだときも、管理がしやすい。
締め切り1週間前頃になったら「来週がお約束の日です。よろしく」なんてメールを出したりできる。
前日になれば「明日です。よろしく」とアテンションできたりする。
事前にアテンションしておけば、万が一遅れる場合でもその情報が得やすく、ドタキャンを防ぐことができます。
必要なら手伝ったり、みんなに応援を頼んだりもできる。
だいたい無能な人に限って締め切り日まで何も言わず、助けを求めないんですよ。
いきなりドタキャンするんです。
ドタキャンはこっちのスケジュールにも影響大で、避けるべき事態です。
たとえ前日でも遅れることが予めわかれば、調整も可能です。
次善の策を施すこともできる。

時々立派な人がいて、締切日より大分早く提出してくる。
これも困りものなんです。
早く出されてもこっちはそれに対応する時間がない。
チェックもせずに、ただ受け取って保管するだけになっちゃう。
締切日に提出してくれれば、受け取ったときに真剣に内容チェックします。
その方が間違いも少ない。
だから、自分でも提出日も守るようにしていますし、相手には守ってもらうようにお願いしています。

締め切りを決めることは、その他にもご利益があります。
人間は、終わりの時が明確だと、かなり過酷な状況でも耐えられるものなのです。
地震など大災害が起こったとき、レスキュー隊が活躍します。
彼らは期限を切って救助活動を行うそうなのです。
被災者全員を助けるまで、といったあいまいな期限はきめません。
2日間とか3日間と区切りを決めてしまう。
それで被災者全員を救助し切れなくても、とりあえずそこで打ち切る。
非情なようですが、そうしないとレスキュー隊の人たちが精神的にまいってしまうからなのだそうです。
2日間とか3日間と期限を決めれば、その間は不眠不休でもがんばることができます。
期限を切ることによって、その間の救助活動の効率が上がるのです。
その方が被災者にとってもメリットがあるのです。
期限を決めないと、だらだらと救助活動をすることになってしまいます。
いつ終わるかわからないので、自分の体力を温存しないとならないという意識が働いてしまうからでしょう。

締め切りを明確にすることによって、ストレスにも耐えられるようになるわけです。
これを精神医学では「締め切り効果」と呼ぶそうです。
確かに人間は、そんなに辛くはないがいつまで続くかわからない「ぬるい地獄」ほど嫌なものはありませんから。
きつい地獄でも、終わる時が決まっているならそれに耐えられるんです。

森博嗣『小説家という職業』集英社新書¥700-から引用します。

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仕事には締切りがある。
いつまでになにを書くのか、そのあとのシリーズの展開はどんなふうにするのか。
近いものは3年くらいさきまで、すべて予定を決め、遠いものは10年くらいさきまで、たいたいの方針を考えておいた方が良い。
予定を立ててもそのとおりにいかない、という人は多いけれど、だからといって、予定を立てなければ、そのまま予定どおり、なにもできないだけである。
予定を現実に歩み寄らせて、「予定どおりだ」と満足することに価値があるのではない。
たとえ予定どおりにいかなくても、現実を多少でも予定(つまり理想)に近づける努力をすることが、有意義な人生というものだと思う。
もし、予定のとおりに現実を築くことができれば、それが「自由」というものではないか。
予定を守るということは、第一には自分に対してであり、また、ビジネスであるからには、仕事関係(つまり出版社や読者)に対しても、約束を守ることが結局は自分の利益につながる。(89p)
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予定通りにこなすこと、締め切りを守ることは「自由」を得る方法でもあるんですね。
人生、メリハリですからね。
締め切り効果を活用していこうと思います。
(「締め切り効果」については、吉田たかよし『1分間ですべてが決まる!』サンマーク出版\1400-に書いてありました)。


写真は神戸iPS棟工事現場です。
仕上げ工事の真っ最中。
スタッフも現場事務所に泊まり込んでの作業。
締め切り=竣工日までもう一踏ん張り!

2011年2月14日月曜日

保湿クリームでよけいに乾く

こんにちは

ぼくは子どもの頃アトピー性皮膚炎だったので、今もかなりの乾燥肌。
なので冬は乾燥するので苦手です。
全身の皮膚表面から表皮がぽろぽろと落ちてきてしまいます。
特に背中の肩胛骨のあたりがボロボロです。
かゆくてひっかくと、表皮が雪のように落ちてきます。
かかとも冬は必ずアカギレになり、ぱっくり割れて痛い、痛い。

それに対処するためにこれまでぼくは保湿クリームを塗ってきました。
お風呂から上がったあとと、朝出勤前に。
塗りたくるようにたっぷりとね。
たしかに塗った直後はしっとりとしてかゆみもなくなり快適です。
がしばらくするとその効力は落ちてしまうのです。
すぐに皮膚はかさかさし始め、表皮が浮き上がってくる。
かゆいのでひっかくと、それがパラパラと落ちる。
あとには赤く血がにじんだ皮膚が残されるんです。

昨年末に夏井睦『傷はぜったい消毒するな』光文社新書¥840-を読みました。
主にキズややけどの治療を行っているお医者さんが書いた本。
すごく面白くて、あっという間に読んでしまいました。
この本に少しアトピー性皮膚炎の治療についても触れられていました。
そこには何と

 保湿クリームはよけいに乾く

と書いてあるではありませんですか!
ええええ???
皮膚を保湿するためにクリームを塗っていたぼくは、びっくり仰天。

その理由は明確でした。
クリームや乳液などミルク状のものには「乳化剤」が混ぜられているから、なのです。
クリームや乳液にはオリーブオイルなどの油脂が材料に入っています。
この油脂で保湿するのが目的の製品なんです。
ところが油脂は水と混ざらないで分離してしまいます。
油と水を混合し、安定化させるために乳化剤を添加してあるのです。

牛乳や母乳にも、カゼインという乳化剤が入っています。
カゼインが乳脂肪分を溶かし込み安定させるので、牛乳や母乳は白いミルク色をしているわけです。
それと同様に、クリームや乳液も乳化剤によって白いミルク色を保っている。

乳化剤は一種の界面活性剤です。
界面活性剤は合成洗剤にも含まれています。
油汚れを落とすためです。
衣服や食器にこびりついた油汚れを、界面活性剤によって水に溶け込ませることで、汚れを落とす。
乳化剤にも同じ働きがあるのです。

健康な皮膚表面は自らが分泌したセラミドという油脂で覆われています。
ここにクリームや乳液を塗る。
クリームや乳液は界面活性剤ですから、セラミドも溶かしてしまいます。
お風呂に入ってクリームや乳液を洗い流したり、クリームや乳液が下着に吸い込まれると、それと一緒に皮膚表面のセラミドも失われてしまうのです。
あとには乾燥した皮膚が残されるというわけなのです。

ファンデーションなどお化粧品にも乳化剤は含まれています。
女性の方には経験があるかもしれません。
お風呂でお化粧を落としたあと、寝る前に顔に保湿クリームをたっぷり塗らないと、翌朝ひどいことになってしまう。
顔がガビガビに乾いてしまい、ボロボロの皮膚になってしまうんです。
これもお化粧品に含まれる乳化剤によって顔の皮膚のセラミドが失われた影響なんです。
常にお化粧する必要のある人は、保湿クリームが手放せなくなります。
こうして、高価な保湿クリームを買い続けなくてはならなくなってしまうのです。
化粧の濃い女性ほどスッピン顔を見せられなくなるのは、セラミドが失われてしまってボロボロの肌になってしまっているからかもしれませんね。

同様にアトピー性皮膚炎の乾燥肌の人は、保湿クリームが手放せなくなってしまう。
保湿クリームによってより肌が乾燥し、かゆみが強くなり、皮膚科のお医者さんの診療を続けなくてはならなくなっている。
悪循環です。

夏井先生は「肌の乾燥にはワセリンがよい」と言っています。
http://www.wound-treatment.jp/next/wound351.htm
さっそくぼくも実践し始めました。
全身にワセリンを塗りたくるのはちょっと、、、なので、かかとと背中の肩胛骨のあたりのガサガサがひどいところに塗っています。
かかとは効果バツグンで、この冬は一度もアカギレは切れていません。
肩胛骨まわりはガサガサが緩和されてきました。
まだかゆみは残っていますが、以前のようにひっかきまくることはなくなっています。
もちろん尿素入保湿クリームとはオサラバしました。
保湿クリーム代もバカにならない金額だったので、家計も助かっています。

2011年2月13日日曜日

よのなかは弱肉強食じゃないんだ


こんにちは

子どもに勉強させるばっかりじゃ何ですから、ぼくも今年受験する資格試験の勉強をスタートさせました。
毎日スキマ時間を利用して、最低でも30分は勉強を続けていますが、これからは自宅でもちょこっと勉強をして、その姿を子どもに見せようかと思っています。
やっぱり親は、直接教えるより背中で教える方が効果がありますからね。

ぼくの尊敬する小学校教師、野口芳宏さんは常々こう言っています。

 教師は研究が好きだ。
 いかにして子どもに勉強させようかという研究を熱心にしている。
 けれども自らが学ぶこと、修養についてはまこと不熱心だ。

学校の先生ばかりでなく、親もそうなりがちですよね。
子どもに勉強しろ、勉強しろとうるさく言う割に、自分は学ばない。
子どもはそういう親の「姿」をよく見ているものです。
自ら学ばない親の子どもは、自ら学ぼうとはしなくなるのは当然なのです。

ところで我が子たちは、親が言うのも何ですが、とても優しい。
人と争うことを好みません。
誰かと争ってまで勝とうという気はないようです。
親としてはもうちょっと荒々しい方がいいんですがね。
ま、ぼくもそういう性格だから、遺伝でしょうか。

ぼくの職場は高学歴、高知能の博士たちがたくさんいます。
科学の世界で活躍している人たち。
世界中の研究者たちと戦っています。
ところが彼らもまた、人と争って勝とうとはしていないんです。
優秀な人ほど、人と争わない。
もちろん科学の世界ではナンバーワンしか意味がありませんから、熾烈な競争をしています。
でもその競争は、誰かを蹴落としたり、足を引っぱったりする競争じゃないんです。
自らが努力することで高みに行くことによって、結果として勝つ。
そういう戦いなんです。

小宮一慶『あたりまえのことをバカになってちゃんとやる』サンマーク出版¥1400-にこうありました。

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この世は「弱肉強食」の世界ではありません
「優勝劣敗」の世界です。
つまり、優れた者が勝ち、劣った者が敗れる。
ただ、それだけの話です。
ライバルを蹴落とすのではなく、自分が優れたことをするように全力をつくせばいい。
優れたことをしているとまわりから評価されて生き残り、そうでなければ生き残らないということです。
適者生存なのです。(44p)
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我が子たちには意地悪な人になってほしくありません。
でもよのなかで認められ、成功して欲しいとも願っています。
その成功の仕方は、誰かを陥れたり、蹴落としたり、足を引っぱるやり方ではしてほしくない。
そんな卑怯なやり方は一時的に勝者になれるかもしれませんが、長い目では成功者にはなれないんです。
自分の実力で堂々と戦ってほしい。
よのなかは弱肉強食ではなく、優勝劣敗というのは覚えておきたいことです。
まじめにコツコツとやるべきことをやり、少しずつでも自分を高みへと導いていく。

ぼくの以前の上司からいただいた年賀状に、「ご一家の写真を拝見するたびに、屋台骨のしっかりした家族が確実に成長、成熟している様子が、ひしひしと伝わってきてほほえましい限りです」と添え書きがありました。
嬉しいですねー。
人生は研究と修養。学び続けることで成長していけるんだと思っています。
そのために勉強、勉強!

コツコツと続けること


こんにちは

溌貴君の小学校入学に向けて、ひらかなを書く練習を始めました。
毎日夕食後コンスタントに10分間くらい。
すでにひらかなを読むのは完璧で、本もすらすら読める。
でも書く方は特に教えていなかったので、書き順などあやふやだったんです。

ひらかな、カタカナだけじゃなく、漢字も同じですが、書き順をバカにしてはいけません。
特に小学生くらいまでは指示されたとおりの順番に書く方が、美しく読みやすい文字を書くことができます。
ぼくはまったく字がへたくそですが、それで人生損していることが多い。
ある国家試験の願書を手書きで提出したとき、受験票が返送されてきたらぼくの名前の文字が違う漢字になっていました。
ぼくの書く字があまりにへたくそで、事務局の人が判読不能だったんでしょうね。

やっぱり文字は美しく読みやすく書けるに越したことはない。
ぼくの経験でも、きれいな文字を書く人は小学校時代にきちんと練習した人が多いんです。
だから我が子たちにも文字を丁寧に書く練習はさせていきたいんです。
今は鉛筆を正しく持つこと、筆圧をかけて書くこと、書き順を覚えることを目標にしています。

使っている教材は、

 えんぴつ:くもんのこどもえんぴつ4B
 練習帳:高嶋いさむ『小学校入学準備 高嶋式 ひらがな練習ノート』PHP

です。

まず練習帳に載っている50音表を音読します。
「あいうえお、かきくけこ・・・」ばかりじゃなく「あかさたな、はまやらわん」「いきしちに・・・」もね。
頭の中にも50音表をしっかりと書き込むわけです。
50音表が頭に定着していないと、辞書を引くときに不便ですから。
徹底して毎日やる。
それに加えて、音読の訓練にもなりますしね。

その後鉛筆を正しく持って、ひらかなを書く。
筆圧をかけて、ゆっくり丁寧に。
最初はなぞり書き、次は書き始めと書き終わりのところに点を打ってあげて、点と点をつなぐように書く。
だんだん点の数を減らしていく。

もう少し年少から始めるなら、書きやすい「く」や「へ」から始めるんですが、50音表と関連させるため「あ」から順番にやっています。
この練習帳には、各文字27個も書く欄があります。
1日に全部埋めちゃうんじゃなく、4マスくらいにとどめる。
毎日これまでに練習してきた文字を4マスずつ書いていき、そして新しい文字をひとつ覚える。
そうやって復習をしながら先へ先へと進んでいくんです。
こうやると、前の日までに練習した文字を忘れませんし、なにより目に見えて日々上手に書けるようになるんですよ。

瀬名秀明/池谷裕二『東大博士が語る理系という生き方』PHPサイエンス・ワールド新書¥850-という東大卒の理系博士たちのインタビュー本があります。
この本に、博士たちが東大に入るためにとった勉強法も書かれていました。
河村大輔さんは、

 受験を通して学んだことは、受験前の土壇場で一気にがんばるよりも、
 コツコツ積み上げていったほうが心理的に楽で、効率もいいということです。(226p)

と書いていました。
少しずつでもコツコツと続ける。
それが高みまで到達する早道なんです。

百ます計算の生みの親、岸本裕史さんは「勉強のコツは、コツコツと」と言っていました。
我が子を落ちこぼれにしたくなければ、毎日家で学年×10分間勉強させなさい。
クラスでトップにしたければ、毎日家で学年×20分間勉強させなさい。
当然我が家は学年×20分ですがねー。

子どもが幼少のうちは、親が「見ていてあげる」のが大切だと思います。
親が教える必要はありませんが、子どもが勉強しているところを見守るってことですね。
毎日ダイニングテーブルで勉強させ、それを見ていてあげる。
もちろん、時々は教えたり、手助けすることも必要でしょう。
毎日、毎日、特別なことがなければ土日も関係なく続けていく。
10歳くらいまでそうやっていけば、自学する習慣が身に付き、10歳以降、小学5年生、6年生になったら自分だけで勉強ができるようになるんです。
6年生×20分=2時間ですから、これだけの時間自力で勉強する力があれば、クラスでトップになれるのも必然ですよ。

そんな未来を夢見ながら、今は入学までにひらかな50音をマスターできるよう、毎日コツコツと続けていこうと思います。

2011年2月12日土曜日

いじめなんかで死ぬな!


こんにちは

文藝春秋PR誌『本の話'11.02』に載っていた作家貴志祐介さんのインタビュー記事「悪か否かは被害者が決める」から引用します。

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---いじめの被害者が自殺したときに気の毒に思うのは、自分を追いつめた人間が死によって社会的な制裁を受けることを期待して遺書を書いているにも拘わらず、事実はそうならないことです。
死なれた側は「迷惑だな」と思いこそすれ、実はそんなに反省しない。
死に損だよ、と思うのです。

貴志 そのとおりですね。
自殺を考えている子供たちに心から言いたいのは、自殺がなぜ悪いかといえば、自分を愛している人ほど傷つけて、自分を憎んでいる人とか、どうでもいいと思っている人に対しては何の影響もないということなんです。
しかも学校の人間関係なんて、人生の中でほんの一部分なんです。
学生時代の知人と成人してから付き合うことなんて本当に少ないですよ。
そんなもののために二度とない人生を捨ててしまうのはばかげています。
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ホント、いじめで死ぬのは死に損だと思います。
復讐のために死ぬなんてバカげています。
だっていじめをするような奴は、自分が死んだって結局たいして反省もしないんですから。
逆に自分を大切にしてくれている人たち、親や本当の友だちを悲しませ、不幸にしてしまう。

世の中を見回してみると、いじめをする方もされる方も自分に自信がない。
いじめる側は、自信がないからそれを補い、隠そうとしてことさら強くふるまうために、弱い者をいじめるんです。
いじめられる側は、自信がないから無力感に支配され、されるがままになってしまう。
どちらも弱い人間なんです。

自分に自信がある子は、いじめもしないしいじめられもしない。
いじめがバカバカしいことが分かっているからね。
人間としての強さを持っているから。

我が子たちには時々「親より先に死んじゃいけないよ。親より先に死ぬのは親不孝」だと言って聞かせています。
だって、親にとって最大の悲しみは子に先だたれることだからね。
まして、いじめなんかで死なれたら嫌ですよ。
もちろん、我が子がいじめる側の人間になってしまうのも嫌です。
強い人間になるように、少しずついろいろなことに挑戦させ、小さな成功を積み重ねる。
そんなふうに自尊心を育てていくんです、毎日コツコツとね。

2011年2月10日木曜日

笑いなさい、幸せになりなさい


こんにちは

溌貴君もとしきくんもとてもにこやか。
笑い声もステキです。
表情も明るく、いつも脳が活き活きしてるって感じ。

内藤誼人『悪魔の処世術』河出書房新社¥1200-から引用しますね。

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子どもが声を出して笑うほど、先生からは、「あの子は優秀そう」と思われることがわかったのだ。(略)
サラ博士の実験によると、声を出して笑うようにすると、優秀さのアピールができるばかりでなく、「リーダーシップ」のアピールもできるそうである。(85p)

天才研究で有名なG・ワラス博士は、素晴らしいアイデアが出せる人間の特徴として、ユーモアのセンスがあることを挙げている。
私たちは、頭がいい人のことを頭に思い浮かべるとき、眉にシワを寄せて、熟慮に耽っている哲学者のような人間を連想してしまうものだが、実際には、まるで違うのであって、頭がいい人ほど、とてもユニークでおもしろいのだ。(126p)

本当に優秀な人は、とても陽気で、周囲の人をたえず笑わせている。
明るい笑い声がたえないところの、会話の中心にいる人は、例外なく、優秀な人間である。(126p)

面接では、面接官を笑わせることができたら、採用されたも同然、という話を聞いたことがある。
面接では、応募者は当然ながら緊張しているが、面接官も同じように緊張している。
お互いに緊張するような状況において、それでも相手を笑わせるくらいのユーモアのセンスがあるような人物は、まず合格するのだ。(128p)
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「泣くから悲しい」というのはジェームズ・ランゲ説という心理学の法則。
悲しいから泣くんじゃなくて、泣くから悲しくなるんですよ、人は。
最近の脳科学でこのことは実証されています。
脳が指令して身体がそれに反応して行動が起こるんじゃないんです。
まず身体が反応する。
それを脳が検知して、身体の反応に整合的な感情を生み出すんです。

だから泣くから悲しいの逆に、笑えば楽しくなるのもホント。
笑えばハッピーはやってくるんです。
笑う門には福来たる、って昔の人はよく言ったもんです。

我が家も笑いの絶えないハッピーな家庭であり続けたい。
そうなるようにぼくもオトコの価値を上げ、心と時間とお金にゆとりを持つ。
家庭生活を上手にマネジメントしていきたいと思います。
さて、今日は神戸出張です。
バリバリやってきますよー!