2010年12月31日金曜日

抗生物質とMRSA

こんにちは

年末に妻が風邪を引いてしまい、病院にかかってきました。
出されたお薬を飲んだとたん下痢に。
原因は抗生物質。
抗生物質は細菌を殺す物質、抗・生物質です。
抗生物質が風邪の細菌だけじゃなく、腸内にもともといる細菌まで殺してしまった。
なので糞便がきちんと形成されず、下利便状態になってしまったのです。

ところで抗生物質は生物を殺す薬です。
人間だって生物です。
人間の細胞は殺さないのでしょうか。

抗生物質は、細胞壁を合成するのを阻害する薬なんです。
小中学校の理科の授業で、植物の細胞に細胞壁があることを習ったと思います。
実は細菌類にも体の外側に細胞壁があるのです。
細菌が分裂して増えるとき、当然細胞壁も作り出さないとなりません。
でも抗生物質があると、この細胞壁を作ることができなくなってしまいます。
それで細菌は増えることができなくなり、死滅してしまうというわけです。

人間など動物の細胞には細胞壁はありません。
抗生物質があっても、まったく影響を受けません。
動物は進化の過程で細胞壁を作ることをやめちゃったんですね。
細胞壁を作る必要がないので、抗生物質があっても平気なんです。

ただし、人間の腸内にはたくさんの共生菌が住んでいます。
ビフィズス菌、大腸菌などの名前を聞いたことがあるでしょう。
その数は数百兆にもなります。
人間の大便の重さの約半分は、この腸内細菌からなっているそうです。
これら腸内細菌も細胞壁を持っています。
抗生物質を服用すると、腸内細菌も殺してしまうのです。
だから便が軟らかくなったり、下痢のような状態になるのです。

この腸内細菌はただ人間に寄生しているだけじゃありません。
消化を助けたり、ビタミンを合成したり、人間にとって必要な活動もしているのです。
細菌が生きていくためには人の体が必要であり、人も生きていくために細菌が腸内に住んでいる必要がある。
その意味で、腸内細菌は寄生ではなく共生していると言っていいのです。
抗生物質でむやみやたらに殺してはいけないのです。

もちろん、病気の時は抗生物質の力を借りる必要もあります。
病気の時などは体の免疫力が落ちます。
免疫力が落ちると、共生菌ではなく悪玉菌が増えてしまう。
悪玉菌が病気をさらに悪化させるのです。
悪玉菌を殺すために抗生物質を飲む必要もあるのです。

手術の時も手術前に抗生物質を注射しておきます。
体の内部は免疫に守られて無菌状態ですが、そこを切り刻むわけです。
傷口にばい菌が付着するのは避けられません。
このばい菌が増殖してしまっては困ります。
だから抗生物質なしに手術はできないのです。

近年、MRSAという細菌が病院内で問題になっています。
MRSAとはメチシリン耐性黄色葡萄球菌といい、抗生物質が効かない細菌です。
病院に入院している患者さんは、体力が落ち、免疫力も弱くなっています。
こういう患者さんにMRSAが感染すると、あっという間に増殖してしまいます。
MRSAを殺すために抗生物質を投与しても、まるで効きません。
そのために最悪の場合、患者さんは死んでしまうこともあります。
そればかりか、感染者の体で増殖したMRSAが病院内に蔓延し、次々と患者さんに感染し、死亡者が増えてしまうのです。

MRSAにはなぜ抗生物質が効かないのか。
細菌類は遺伝子の変化がとても速い生物です。
黄色葡萄球菌自体はごくありふれた細菌で、私たちの皮膚表面にも鼻くその中にもたくさん存在しています。
その細菌の遺伝子が変化し、抗生物質を無効化する遺伝子を獲得してしまったのです。
抗生物質を無効化する酵素を作り出す遺伝子を作り出すことができる。
それがMRSAなのです。

ところでMRSAは病院以外で問題になっていません。
病院以外では増殖することがないようなんです。
なぜなんでしょう。
もちろん病院以外にいる人たちは健康だから、免疫力も強いから、ということもあります。
でもMRSAの仲間である、ごく普通の黄色葡萄球菌は私たちの体でたくさん繁殖しています。
健康な人にMRSAが感染しても、増殖できないんです。

生物の第一の目的は、増殖して自分たちの子孫を残すことです。
ことに細菌類はじゃんじゃん分裂して数を増やすことを戦略としています。
エサがあり、温度が適温である環境であれば、細菌はどんどん増殖します。
ただし、増殖するための空間が必要なのです。
細菌は空間を埋め尽くすまで繁殖しますが、空間がなくなっちゃえばそれ以上繁殖できなくなります。

ある場所に2種類以上の細菌がいたとき、生存競争に勝つにはいかにその場所の空間を自分の子孫たちで埋め尽くすかが大切です。
つまり、生存競争に勝つためには速く増殖する必要があるのです。
多くの空間を自分の子孫たちで埋め尽くした細菌が、その場所での生存競争に勝つのです。
速く増殖するためには、速く分裂する必要があります。
速く分裂するためには、速く遺伝子を複製する必要があります。
速く遺伝子を複製するためには、遺伝子は小さくコンパクトにしておく必要があるのです。

さて、MRSAは抗生物質を無効化できる酵素を作り出す遺伝子を体の中に持っています。
その分、普通の黄色葡萄球菌より遺伝子が大きくなっているのです。
遺伝子が大きいと言うことは、遺伝子の複製に時間がかかるということです。
すなわち、分裂速度が遅い。
MRSAが感染しても、他に分裂速度の速い細菌がいたら、その空間はあっという間に敵の細菌に埋め尽くされてしまい、生存競争に負けてしまうのです。

これでなぜ病院内だけでMRSA感染が問題になるのかの謎が解けました。
病院内の患者さんは抗生物質を投与されている。
患者さんの体の中にもともといた細菌たちは、抗生物質で死んでしまっている。
MRSAが増殖するための広々とした空間が広がっているわけです。
MRSAは誰に遠慮することもなく、のんびりと増殖をすればいいのです。


抗生物質が効く原理と、MRSAの増殖について夏井睦『傷はぜったい消毒するな』光文社新書¥840-で読みました。
この本、今年ぼくが読んだ科学書で一番の面白さでした。
皆さんにもお勧めします!

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