2011年5月19日木曜日
ネガティブ要因に負けるな!
こんにちは
単身赴任を始めた、と言ったら、古くからの友人からこんなメールをもらいました。
神戸転勤、さびしがりの関口さんには大変ですね(笑)。
どのくらいの期間のご奉公になるのでしょう。
あまり無理せずやりましょう。
何しろ、40代後半から50代で、心を病む人も多いようですので・・・。
一般的には「ありがたい」お手紙かもしれません。
でもぼくはこういうの、イラッと来ちゃうんですよねー。
大きなお世話でございます。
もちろん心配してくれて言ってくれているんでしょうが、かすかにそこに「呪い」を感じちゃうからです。
今週ぼくは会計検査を受検しています。
我社のように税金で運営されている会社は、年1度必ず会計検査院の検査が義務付けられている。
ムダに、あるいは不正に予算が使われていないか検査してもらうのです。
もちろん普段から嘘偽りなく適正、的確に仕事をしているので、何も恐れることはありません。
きっちり資料を準備して、自分のやった仕事を頭に叩き込み、論理的に説明し、検査員に納得してもらう。
ただそれだけです。
検査前にいろいろ心配してくれる人がいらっしゃいます。
「あれはどうなっている」「こんなことを聞かれたらどうする」「あそこはやばいんじゃないか」e.t.c.
誰もそんなことは気にしないよ、というようなことまでご心配くださる。
そういうことを、その件に関する権限も責任もないような人が言って来るんですよ。
ある程度権力を持っている立場の方だったりして、無視するわけにもいかず、余計にたちが悪い。
こういうのもぼくはイラッとしちゃうんですよねー。
「いや、検査はどんな観点で見られるかわからないから、ちょっと意地悪かもしれないけどね」なーんて言ったりして。
そうやってぼくの時間と気力を奪っていくつもりなんですな。
心配そうなふりをしていろいろ言ってくる人って、実は失敗してほしいって思っているんだと思います。
ホントに失敗してしまったら、「ほら、俺の言ったとおりじゃないか。だからあれほど言っただろう」って言いたいんですよね。
予言というのは、起こりうることを数限りなく言い募ることによって、的中確率があがるものです。
失敗することを願っているわけですから、ありとあらゆるネガティブ要因を考えるわけです。
つまりは「呪い」なんですよ。
呪いの言葉に絡め取られてはいけません。
呪いの言葉を真に受けて、それら全部にいちいち対応するとどうなるでしょうか。
ほとんど起こりえないようなことにまで振り回されてしまうと、ホントにやっておくべき重要なことに時間と労力をかけられなくなってしまいます。
重要なことがおろそかになれば、失敗確率は上がってしまうのが当然です。
呪いは実現してしまうのです。
藤原和博『つなげる力』文春文庫¥552-にこうありました。
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未来を拓こうとする企画を潰すのは簡単だ。
こんなふうに(ネガティブ要因)、不確かなことをいちいちあげつらって、そこを突き、不安やリスクを並べ立てればそれでよい。
だから、起案者側は、こうした「あら探しの罠」にはまってはならない。(198p)
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なにか新しいことを始めようとすると、必ずネガティブ要因を並べ立てて反対する人がいます。
さも自分は心配だからわざわざ言ってやっているんだって顔をして。
でもたいていは「呪い」なんですよ。
新しいことなんかやってほしくない、今のままでいいじゃないか、お前より俺のほうが分かってる、それにお前がそんなスバラシイことをやるのは嫌だ、俺のほうがエライんだ、お前をハッピーにはしない、というのが本心だったりするんです。
こういうのにからめとられてはいけないんです。
呪いは信じるとその通り悪いことが実現しますが、信じなければかからないものだからです。
ではどうするか。
藤原さんはこう言います。
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ありもしない「正解」を探して100回会議を重ねるより、始めたあとに100回修正を加え、リズムとテンポよく「進化」させていったほうがはるかに有効なのだ。(199p)
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とにかく走りだすことです。
心配の9割は最初から起こることはないんです。
ありもしないことを心配しすぎてはいけません。
気にしすぎて立ち止まっていてはいけないんです。
そうして走りだせば、先が良く見えてきます。
見えてきたリスクは、その都度修正を加えて潰していく。
そしてまた先へ進むのです。
さあ、今日もがんばろーっと!
アパートのそばに北野天満宮があります。
朝早く起きて、ちょっと散歩も楽しいですよ。
ポジティブに生きていれば、心を病むこともないんです!
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