2012年4月29日日曜日

猫の手は借りるな

こんにちは

猫の手も借りたいほど忙しい時、安易に頭数だけそろえると、本当に猫がやってくる。
猫を使おうとすると、教えたり、チェックしたり、評価したりする必要が発生し、忙しさは逆に増加する。
その上、猫は猫なので精神的にも疲労が蓄積する。

さらに追い打ちをかけるのは総人件費。
これが増えるどころか減る状況である。
猫だって当然ながら餌を食う。分け前は必要だ。
猫のための分け前は、自分の分け前を侵食していくのは必然だ。

それでもなんとかかんとか猫を育てる。
部下が使えないなら使えるようにするのが上司の仕事だろう、と気楽に上司は言うわけだ。
労多くして益少ないことだと知りつつ、丁寧に教える。
時に猫の喉元をなでてやったりしながら。
いったいオレは何をやっているのだろうか、という思いがする。

そして猫がようやく使えるくらいに育った頃、忙しさも終わっている。
なんじゃこれ。

猫の特徴は、モチベーションのなさとプライドの低さ。
この二つが欠けている人に何かを教えるのは非常に困難。
多少の実務経験があっても、モチベーションとプライドに欠けた人は、生きた経験をしていないので役に立たないのだ。
 未経験であっても、モチベーションとプライドさえあれば、必要な技能はあっという間に身につく。
学歴も年齢も関係ない。

猫の言い分はこうだ。
「だって、今のぼくがいいと思って採用したんでしょ。なぜぼくを変えようとするんですか?」
ああ。。。

内田樹『街場の大学論』角川文庫¥629-から引く。

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「使える」というのはなにか特殊な才能や技術を「すでに」有しているというこ
とではない。
「まだ知らないこと」を「すぐに習得する」ことができるかどうかである。(201p)
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2012年4月27日金曜日

明るい光のつくり方

こんにちは

サイエンス・カフェが終わった後、すんごく楽しくできたときはお客さんがなかなか帰ろうとしません。
ぼくともっとお話したいんですね。
 嬉しい、嬉しい。
感想を言ってくれたり、質問してくれたり。
楽しい時間を過ごせます。
そこが、沢山の人に対してお話する講演会と違うところ。
カフェはいいねー。お座敷だったけど(笑)。

先日の和光一般公開カフェでは、20代前半とおぼしき若者からこんな質問をされました。

「なぜ放射光は前方に放射されるんですか。
光が電子が動くことによって放射されるなら、普通のアンテナみたいに四方八方に放射されるはずなのに」

おー、グッドクエスチョン!良い質問です。

実はこれ、ぼくも最近ちゃんと理解できたことなんですよ。
ぼく自身もずっと同じ疑問を持っていた。
いろんな説明を読んだり聞いたりはしていましたよ。
いわく、電子の周りにある仮想光子が、電子が加速度を受けた時に引きちぎられて飛んでいく。
いわく、相対論的効果で前方へ放射される。
ちんぷんかんぷんでした。

これらの説明は、説明しているようでしていない。
まるでケムに巻いているようです。
特に「相対論的効果」ってのは幻惑的です。
われら日本人は相対論というのにおかしな幻想を持っています。
アインスタインのキャラがそうさせているんでしょうか。
難解な、でも魅力的な理論。
だから「相対論」と言われると、それは黄門様の印籠のように、へへーとなっちゃう。
自分には理解できない難しい原理なんだろうな~って。
相対論の難しい数学を解かなくちゃ理解不能なんだろうな、って。

でもそれほど難しくはなかったんですよ、ホントは。
分かってみるとカンタン。
小学生でも高学年なら十分理解できるでしょう。
良い質問をされたんで、ぼくも嬉しくなっちゃいました。
嬉しくなると説明にも熱が入ります。
熱が入ると、その熱は相手にも伝わります。
質問してくれた人も熱心に聞いてくれる。
すると説明したことをちゃーんと理解してくれるようになるわけです。

では、ご説明いたそう。
放射光はなぜ前方に強い光を放射するのか。
それは相対論的効果である。
相対論といっても驚くでない。簡単なことじゃ。

ボールを真上に放り投げることを想像してみたまえ。
その人がその場に止まっていれば、見ている人からもボールは真上に放り投げられているように見えるだろう。
当たり前だ。

では、ボールを投げる人を時速50kmで走っているバスに乗ってもらう。
そしてまたボールを真上に投げてもらうのだ。
バスに乗っていない人がそれを見る。
すると、バスに乗っている人が真上に放り投げたボールは、斜め上、バスが動く方向に放り投げられたように見えるはずだ。

次に、ボールを投げる人を時速300kmで走る新幹線に乗ってもらう。
同じくボールを真上に投げてもらう。
新幹線に乗っていない静止している人がそれを見るとどう見えるだろう。
新幹線に乗っている人が真上に放り投げたボールは、やっぱり今度も斜め上、新幹線が走る方向に放り投げられたように見えるだろう。
しかも、バスの時よりももっときつい角度で斜め前方にボールは投げ上げられたように見えるはずだ。

でも、バスに乗っている人も、新幹線に乗っている人も、自分はボールを真上に投げているだけ。
斜め前方になんか投げていない。
地上に静止した人から見るから、バスの速度、新幹線の速度が加えられて、斜め前方に投げ上げられたように見えるのだ。

さて、電子。
電子自身は光は四方八方に放射している。
でも、電子は加速器によってすんごい速さで加速されている。
だから、電子が真上に放射した光だって、新幹線の中で真上に投げあげたボールと同じく、静止した場所から見ている人からは、斜め前方に放射されたように見えるはず。
しかも電子はすんごい速さだから、その角度は新幹線の時よりも鋭い角度になることがわかるだろう。

SPring8などの放射光施設では、電子は光の速さの99.99%くらいまで加速されている。
速度が速ければ速いほど、投げ上げる角度はキツくなる。
こんだけ速いと、電子が真上に放射した光は、地上で見ている人、すなわち実験者からは完全に前方に放射されているように見えるわけだ。

真上だけじゃないよ。
電子が斜め後方に放射した光だって、実験者から見たら前方に放射されているように見える。
なんたって電子はすんごい速さで走っているからね。
つまり、電子が四方八方に放射した光のそのほとんどすべてが、実験者からは前方に放射されているように見えるんだ。

つまりつまり、電子が放射した光ほとんど全部が前方に集まってくるわけ。
一方向にすべての光が集中しちゃうわけだから、放射光はすんごく明るい光にもなるってわけさ。

こんな説明をしたんですが、若者君も目を輝かせて「おお!そういうことだったんですね!面白い!」って言ってくれましたよ。
嬉しいねー。

この質問をしてくれた若者君、学生さんかと思ったら社会人でした。
今年文科省に入省したばかりのキャリア官僚なんだって。
休日返上で理研の一般公開に来てくれたんです。
スバラシイですねー。
日本の未来も放射光のように明るいですよ!
日本の教育と科学のために、突っ走って下さいねー。

2012年4月26日木曜日

理科マニアの子どもを育てる本

こんにちは

和光一般公開サイエンス・カフェで、積極的な子にプレゼントした本はこれ。

 高学年向け
 『役立つ理科こばなし (1)ものの世界の探検』星の環会¥1260-

 低学年向け
 『たのしい理科こばなし〈2〉宇宙ともの』星の環会¥1260-

理科マニアの子が寝っ転がって読むのに最適な本です。
読めばマニア度が加速しますよ。
ぼくは高学年向けの本に、113番元素を発見した理研の森田研究員のことなんか書いちゃってますからね。

で、カフェが終わった時、一人の高校生が近寄ってきてこう言ったんです。

  その本、小学生の時に私も読んで、理科が好きになったんです
  一言お礼が言いたくなりました。
  ありがとうございました。

うわー、嬉しいですねー!!
低学年向けのやつは、ぜひ1年生くらいの頃から、お父さん、お母さんが読み聞かせてあげてください。
本の中に書いてある実験で、家でもできそうなものは休日にやってみてください。
あるいは、近所の科学館や野山に行くのも楽しい。
読書と体験をリンクさせると、ガンガンと理科マニア度が高まりますよ!


マニア度が高まったら、一人でも本を読むようになります。
だって好奇心が強くなるからね。
そうしたら、高学年にならないうちでもいいから 高学年向けのも買ってあげましょう。
読めないところ、わからないところもあるでしょう。
そういうところは、お父さん、お母さんも一緒に読むといいです。
そしてまた、一緒に実験したり、科学館へ行ったり、野山を観察したり。

 

2012年4月25日水曜日

休日は子どもと理科実験

こんにちは

 ぼくのブログ、去年の後半の書き込みが半減していたのはご存知?
 なぜ半減しちゃってたかというと、この本を執筆していたからなんです。

『理科実験の教科書』さくら社
3年、4年、5年、6年全4巻
    各巻¥1,890-
http://www.sakura-sha.jp/

 いやー、今回の本は大変でしたよー。
 理科マニア向けの本じゃないから。
 理科が不得手な先生に、実験への敷居を低くして、楽に楽しい実験の授業ができるようにってコンセプトだったから。

 だからといって、教科書そのまんまじゃつまらない。
 教科書を一歩か二歩か(一歩も二歩も、じゃないよ)出るくらいのレベル。
 非常に苦しかった。
 それで、毎朝のブログも書けなくなっちゃったんですよー。

その苦労の代わりに、すんごくいい本になりました。
 なんたってオールカラーです。
 カラー写真はいいですよー。
 細部がくっきり見えますから。
 細部が見えると、実験の様子もよくわかって、真似しやすい。
 理科が不得手な、3,4年生担任の女性の先生でも、ちょいとやってみたくなるものばかり。

 先生向けの本ですが、我が子を理科好きにしたいと思ってるお父さんにもオススメ。
 家でもできる実験もたくさんある。
 この本で面白そうな実験を見つけて、休日に子どもと一緒に実験する。
 いいじゃないですか、そういう休日!

どんな時でも、仮説と実験


こんにちは

先週末、土曜日は理研和光一般公開で、日曜日は大阪科学技術館でサイエンス・カフェをやりました。
どちらも大盛り上がりでしたよー。
和光のカフェを手伝ってくれた同僚から、こんなメールをもらっちゃいました。

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土曜日はおつかれさまでした。
終了後、女の子がお父さんに向かって「面白かった!指されたときドキドキした!」と興奮気味に言いながら帰っていってたのが印象に残りました。
お父さんからも「楽しかったです。ありがとうございました。」とお礼を言われました。
サイエンスカフェに割り当たって良かったです。
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うれいしですねー。
ぼくのカフェは「参加型」です。
意見を言ってもらったり、実験の手伝いをしてもらったり、磁石を触ってもらったり、人体実験に協力してもらったり。
だって、話を聞くだけじゃ面白さ半減でしょ。
参加者にも主体的に関わってもらわなくちゃ。

好奇心を発揮して積極的に自分から手をあげて実験に協力してくれた子には、ぼくも執筆している理科の本をプレゼントしちゃいます。
自分だけ特別に何かをプレゼントしてもらったら、絶対嬉しいじゃないですか。
好奇心が大事なんだな、積極的にやってみるのはいいことなんだな、ってことが分かる。
それはその時手を挙げられなかった子にも伝わるんです。
こうして理科マニアを創りだしていく計略。

そして、ただ体験、経験するだけじゃだめ。
どうしてそうなるのかを考え、次はどうなるのか予想する。
どうしてそうなるのかを考えることは、原理的に考える習慣を身に付けます。
原理的に考えるから、次がどうなるのか予想ができるのです。

そして実験です。
実験結果が予想とあっていたら、その原理の確からしさが高まります。
実験結果と合わなかったら、原理を修正する。
そしてまた次の予想を立て、実験をする。
それを繰り返すわけです。

科学とはそこから得られた知識が重要なのではありません。
科学の本質は、この予想と実験を繰り返す、という「方法」なんです。
「技」ですね。
この方法、技を身につけるのが、科学教育の目的なんですよ。
だって、生きていく上で役に立ちますから。

科学に限らず、あらゆるところでこの仮説と実験は役に立ちます。
ひとつは、仮説を持って事象に向かえば、好奇心も湧くし、主体的にもなれます。
好奇心、主体性は人間を成長させる原動力です。
好奇心もなく他人から強制されてやるなんて、奴隷ですよ、それは。

もう一つは謙虚になれること。
時々、現実と合わないのに自説を曲げない人がいますよね。
そういう人って傲慢に見えるでしょ。
自説を持つことは大切だけど、それが常に正しいと思うのは傲慢です。
自説とは仮説にすぎないんだ、ということが分かるかどうか。
そして自説=仮説は、実験によって証明されるということが分かるかどうか。

実験とは現実に起こっている事象です。
それが自説=仮説から導かれた予想と合っているかどうか。
これをチェックする習慣です。
合っていれば自説に自信を持てばいいし、間違っていたら自説を修正、あるいは破棄する。
あくまで実験、現実の前では謙虚でなくちゃいけないんです。

いわゆる「隠れたカリキュラム」ってやつですよ。
科学を学ぶ意義は、仮説と実験、という方法を身につけることなんです。

と、自説を述べたわけなんですが、これだって留保しなければいけない。
仮説と実験という方法が、今のところあらゆることに有効である、と思っていますが、無効な場合もあるのかもしれません。
そういう「留保」を持ち続け、「無謬性」に囚われない、というのも科学的方法ですね。

2012年4月24日火曜日

子どもの成長は待ってくれない

こんにちは

小平邦彦『怠け数学者の記』岩波現代文庫¥1050-から引きます。

 物事には、次の三種がある。
 (A)子供のときに習得しておかなければ大人になってからでは
   どうしても覚えられないこと。たとえば読み書き。
 (B)大人になってからでも簡単に覚えられること。あるいは
   大人になってからの方が子供のときよりも早く覚えられること。
   たとえば、目玉焼きの焼き方。
 (C)わざわざ学校で教えなくても自然に覚えること、たとえば
   楽しく食事をすること
 このように物事を分離してみれば、小学校の教育においてその内容が
 (A)に属する教科に重点をおくべきことは明らかだろう。

なぜ小学生の勉強で「読み書き計算」が大切なのか。
そしてそれは、学校だけでは十分身につかず、習熟のためには家庭学習が欠かせないのか。
ぼくは大学生の頃に岸本裕史『見える学力、見えない学力』 国民文庫¥ 578を読んでいて、小学生の年代の子にとって読み書き計算が、その発達上重要であることは知識として知っていました。

初任の時、実際に2年生を担任して実感しました。
「学校で勉強させるだけじゃ、漢字や計算でさえ、子どもたちに身に付けさせることはできない」
最初は愕然としたんですよ。
授業中もしっかり教えていて、子どもも字が書けるようになっているし、計算もできるようになっている。
でも数日後にテストするとまるで駄目。かなりできないんです。

大人なら、理解できたことはできるようになるじゃないですか、たいていは。
でも子どもは違うんですね。
理解できてもできるようにはならない。
ああナルホド、はその場限りなんです(実は大人もそうかも?)。

繰り返し何度も何度も練習する必要があるんです、子どもは。
その時間はとても学校の授業中だけでは賄い切れないんです。
逆に、子どもは理解できないことでも練習すればできるようになります。
大人は理解できないことは気持ち悪くて覚えたり練習したりしないものです。
でも子どもは違う。
分かる喜びより、出来る喜びの方が強いんです。

そして、出来るを繰り返していくうちに、分かるに到達することが多い。
あるいは、小学生のうちはあまり「わかる」にこだわらなくてもいいんじゃないか。
わかるより「出来る」に重点を置いたほうがいい。
なぜなら子どもの学力はテストで評価することが多いわけです。
わかっていたとしても出来なければ、テストの点数は取れません。
わからなくても出来るようになっているなら、テストの点数は上がります。
いい点数ならゴキゲンになります。
自分はアタマガイイんだ、と錯覚します。
錯覚すると、もっと勉強するようになる。
すると、わかるまで到達する子も増えてくるんです。

2012年4月23日月曜日

小2は山場 その2

こんにちは

ぼくは中学でも高校でも教えたし、予備校生も教えたことがあります。
今は若い技術者君たちに技術系資格取得のための勉強を教えることもあります。
その中で気づいたのは、どんな勉強でも基礎は小学校の読み書き計算にある、ってことです。
そこがあやふやだと、いくら努力しても学力は上がらないし、努力も継続できない。
そして小学校でも、2年生と4年生が勉強できるできないのターニングポイントになっているらしいこと。
2年生と4年生の時期をしっかり乗り切った子どもが、その後の学力形成にも順調な伸びを見せるんです。

で、2年生です。
1年生は発達的に「幼児」ですが、2年生になると幼児から少年へと移行していきます。
体力もついてくるし、集中力も身についてきます。
だから、学校のカリキュラムも2年生になると急に倍増するのです。

覚える漢字は1年生の80字から160字に倍増。
文字数が増えると共に、漢字と漢字を組み合わせた熟語、漢語もたくさん教えられます。
漢語は漢字2文字を組み合わせた言葉で、抽象語なんですね。
普通の生活ではあまり使わない言葉なんです。
こういうのが2年生からガンガン教えられるようになる。
だから、文字数は2倍でも、語彙数はその数倍になるわけです。
計算も、足し算引き算は3桁までやるので、2年生で完成させてしまう。
掛け算九九も覚えさせる。
2年生の間に九九をしっかり定着させないと、3年生以上の算数は完全にアウトになります。

というわけで、2年生の勉強の特徴は「勉強量が倍増する」ってことです。
それに2年生になったからって、もう完全に少年になったことでもない。
幼児から少年へとだんだんと移行していくわけです。
いや、幼児から少年へとだんだんと移行させていかなくちゃならない時期なんです。
まだまだ手と目は離しちゃいけませんよ、親として。

100マス計算の生みの親、岸本裕史先生はこう言っています。

 学校の勉強についていくには、学年☓10分間
 学校でトップクラスにしたければ、学年☓20分間
 家で毎日勉強させなさい

1年生は10分間ないし20分間。
それが2年生になると、20分間ないし40分間なんです。
必要な家庭学習の増加率も100%ですから、他の学年と比べても一番大きいのです。
それだけ勉強量が増えるからなんです。

1年生は、学習習慣を身につけるだけでよかった。
だから10分間でもいいんです。
でも2年生になったら、実質的に学校で習った事項を繰り返し練習しなくちゃいけない。
だから20分ないし40分間の勉強が必要になってくるんです。

2年生の担任の先生は、若い先生が配属される場合が多い、と書きました。
若い先生は元気で情熱もあり、子どもとよく遊んでくれます。
少年期に移行するこの時期に、若い先生に担任してもらえるのはとても喜ばしいこと。
でも、若い先生ですから教え方の技術はまだ未熟だったりするんです。
急に倍増した勉強を、学校だけで子どもに定着させるのは無理なんです。
そこは意識的に親がフォローしてやる必要があるんです。
そもそも、ベテランの先生だって2年生の勉強を学校だけで子どもたちに定着させるのは至難なんですから。

勉強量が増える、だからといって塾に通わせるのは愚の骨頂。
難しい勉強をやらせる必要はなく、読み書き計算だけ繰り返し練習させれば十分だからね。
毎日宿題はきっちりやらせ、親もきっちり見てやる。
宿題が少なかったら、ドリルなどを買っておいて、20分ないし40分に達するまで復習させる。
親もなんとか時間をやりくりして、子どもの勉強に付き合う時間を持つことが大切なんです。

もうすぐGWです。
出遅れちゃったご家庭は、ここが挽回のチャンス。
レジャーもいいけど、勉強もね!

2012年4月20日金曜日

小2は山場

こんにちは

小学校教育の山場は何年生か。
たいていの人は入学したばかりの1年生と、卒業する6年生だと思うだろう。
学校の先生、校長先生でさえそう考えている。

たしかに1年生の躾は大切だ。
学習する態度をしっかりと躾けることが、1年生の担任の責務である。
また、6年生も中学生になるにあたって必要な知識、技能が身についているかはとても大切。
なので、校長もベテラン教師を1年生、6年生に配置するものだ。

また、子どもが1年生だと親も一生懸命である。
子どもが学校に馴染めるように、勉強に付いて行かれるように、家でもけっこうよくめんどうを見る。
先生もベテラン、親も一生懸命。
その結果、立派な1年生が出来上がる。

なので2年生になればもう大丈夫、と考えるのだろう。
学校では2年生の担任に新卒など若い先生を配置する。
ちょっとくらい未熟でも、1年生でしっかり鍛えたから大丈夫だろう、ということだ。
ぼくも初任の時、2年生を担任したしね。

親の方も安心してしまう。
2年生になったんだから、ようやく手が離れると。
1年生の頃のように、付きっきりで宿題を見てやったり、学校での様子を聞いたりすることが、減ってしまうのだ。

そこがピットフォールなのである。

140円の幸せ


こんにちは

学会の会場は越中島の東京海洋大学。

お昼休みは隅田川沿いを散歩。
隅田川には沢山の種類の橋がかかっています。
見比べるのも楽しい。
ずっと散歩していたい気分だけど、学会も楽しいからね。
定刻には戻ります。

帰りは月島までぷらぷら歩いて、名物レバーフライを食す。
あ~うまい、うまい。
わずか140円でハッピーな気分に。
これ、ホッピーと合いそうだね。
ハッピーだね~。

理研和光一般公開、明日!

こんにちは

明日は理研和光一般公開です。
天気も曇だけど保ちそうですね。
お近くの方、ご都合がよろしければぜひいらしてください。
14:30から40分間ほど、ぼくも世界一のX線自由電子レーザー施設「SACLA」についてお話しします。
共済会和室へレッツゴー!
http://www.riken.go.jp/r-world/event/2012/open/wako/index.html

2012年4月19日木曜日

スパコン稼働のためには見えなくても重要なインフラ設備

こんにちは

我らがスパコン「京」のインフラ設備。
建設エンジニアだけじゃなく、一般の人たちにも関心を持たれているようです!
嬉しい!!
http://news.mynavi.jp/articles/2012/04/18/kei_infrastructure/index.html

社会人になってからの友人のつくりかた

こんにちは

今週は空調・冷凍連合講演会に参加しています。
この講演会、空調学会、冷凍学会、機械学会の合同開催なので、いろんな話題が出て楽しい。
もちろん、いろいろすぎてぼくには理解不能な分野もあるけどね。
それもまた楽し。
自分が理解できないところに未来が待ってるんですからー。

ぼくも午後1番に発表しました。
スパコン施設のPUE計測についての報告。
話し終わったとき、会場から拍手が。
こういう研究発表会で拍手してもらうなんてあまりないことなので、とてもゴキゲン!

我がスパコン施設は、設計も施工も運用もよくて、今現在のPUE値もなかなかのもの。
空調や冷凍の専門家にはそれが分かるんですね。
それが拍手にも繋がったんじゃないかなって思っています。

15分間の発表の後、5分間ディスカッションの時間があります。
さっそく、さらにPUEを改善するためのアイデアをコメントいただきました。
休憩時間には、最適化のための連立方程式までメモしてもらったり、その方程式を解くためのフリーソフトを教えてもらったり。

実は去年の空調学会では、正しいPUE算定法を誰か教えて、って発表したんです。
その時もすぐ教えてくれる人がいて、こういう基準が制定されつつあるよ、って。
そのデータもその場でUSBでコピーさせてくれました。
昨日はその方も参加していて、お礼を言うことができました。
学会ってスバラシイですね!

斉藤孝『座右の諭吉』光文社新書\700-にこうありました。

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二十歳を超えて作っていく人間関係は、子ども時代の友だちの作り方とはかなり違う。
社会人になってからの人間関係は、人から期待されないと増えていかない。
人に強く求められる人間ほど、人間関係が広がっていく。
実は、人とどううまく付き合っていくか以前に、自分が必要とされている人間になることが、社会人としての人間関係のポイントになる。(82p)
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家に帰って、最適化運用のための方程式を教えてくれた方にお礼のメールを送りました。
PUE算定法を教えてくれた方にもお礼を。
この方たちとも継続して技術交流できたらいいなーと思っています。

2012年4月17日火曜日

高校生の勉強法

こんにちは

県下トップの高校に入学した友人の娘さん。入学一週間の授業を受けて、かなりビビっているらしい。
クラスメイト達が頭がよくて、自分は着いていけなそうって。
塾に通いたいとも言っているそう。
ああ、ぼくにも経験がありますねー。
ぼくも高1の時そう感じて、不登校になりましたよ。二日だけだけど(笑)。

トップ校ですから、県内各地の中学の学年で一番、二番の生徒を集めているわけです。
そりゃーみんな優秀です。
でもね、自分だって中学では一番、二番だったから入学できたわけです。
自分だって優秀な生徒の一人なんですよ。

実はどんぐりの背くらべなんだな、高校は。
ほぼ同じレベルの生徒を集めているんだから。
中学までは他の生徒に比べるまでもなく、自分が一番だと分かる。
だから気持ちも安定していただけなんだ。
でも高校はそういう一番、二番が集まって混沌とした場所。
クラスの中で自分のレベルがどのあたりかよくわからない。
だから不安なだけなんだよ。

でもどんぐり同士なんだから、ちょっと勉強すれば高校でもトップクラスに入れる。
むしろ中学でトップになるより簡単だ。差が小さいからね。
逆に言えば、しっかり勉強しないとあっという間に置いて行かれる。差が小さいからだ。
だから高1の時が最も重要かもしれない。
クラスメイトに差をつけるチャンスだからね。

ぼくが高1の時、不登校になって学校を休んだ。
その時何をやったかというと、数学の教科書を予習したんだよ。
オレはできるはずだ、って念じてね(笑)。

高校の授業でも先生が例題を説明してから、生徒に類題を解かせる。
そして生徒を指名して黒板で解かせたりするわけだ。
でも高校の授業進度はとても速い。中学までとは比べものにならない。
だから、先生の説明を聞いただけですぐ理解するのは難しいのだ。
それで類題が解けずにびびる。

だから予習しないとダメなんだよ、高校の授業では。
授業のペースでは自分の理解が追いつかないなら、事前に自分のペースでじっくり予習することが必要なんだ。
そうすれば授業には余裕を持って参加することができる。
つまり、高校での勉強は「待っていてはダメ」なんだね。
自分から先へ先へと勉強していく習慣が大事。

ところが予習にはとても時間がかかる。
特に最初のうちはいらいらするくらい、理解できて問題も解けるようになるまで時間がかかるものなのだ。
1時間の授業の予習に数時間かかることだってある。
高校になれば通学時間も長いし、部活もやっていたりする。
家で予習にかけられる時間は2~3時間がいいところ。
これではとても全教科の予習なんかできるわけがないよね。

だから高校生は、全教科まんべんなくいい成績を取ろうという意識を捨てなくちゃならないんだ。
あえて意図的に捨てる教科をつくる。
それによって集中的に時間をかける教科、すなわち得意教科をつくるんだね。
2,3科目は、平均点でもいい、赤点じゃなけりゃいい。
その代わり、得意な2,3教科は学校でトップクラスに入ってやるぜ、という気概ですな。

で、得意教科に優先的に自分の時間を振り向ける。
授業の進度なんか気にせず、教科書を先へ先へと読んでいく。
先まで自分で勉強しておくと、授業の時突然指名されてもちっともビビらない。
だって、先まで勉強してあるんだから、その前の方の教科書問題なんか易しい、易しい。
気楽に解ける。

そしてあえてつくった不得意科目。
授業で当てられて答えられなくたって気にしない。
だって捨てた教科なんだから。
自分はそこでは勝負しないんだから。
悪い点数だっていいんだと開き直ってるんだから。

県下トップ高校に入学する生徒は、中学まで「いいこちゃん」だった子が多い。
全教科まんべんなくいい成績だった。
授業もまじめに聞いていた。
でも高校ではそういう「いいこちゃん」から脱皮しなくちゃね。

自分の得意科目をどんどん先に読み進んでいく。
高1の教科書が終わったら、高2にならなくたって高2の教科書を買ってきちゃう。
そしてバリバリと上学年の教科書を読破していってしまえばいい。
こんなことを続けていけば、たぶん高3になる頃には、得意科目についての高校の教科書は読み終わってしまうだろう。
これで十分な基礎が身についたってことになる。
受験まで1年間の余裕も生まれた。
この時点で志望校を確定するといい。

一番良くないのは、高校の授業進度に合わせて全教科まんべんなく勉強し、高3秋になってしまうこと。
そこで、自分が「行きたい」大学ではなく、その時点の自分の学力で「行ける」大学を選んでしまうこと。

「行きたい」大学を自分の目で選び、過去問を調べて受験レベルを把握する。
あとは、合格レベルと自分のレベルの差を埋めていけばいい。
1年あれば十分だ。
このときになって予備校通いを始めるのもいいね。
基礎が身についているから、受験テクニックも素早く吸収できる。

え?志望校の受験科目を調べたら、捨てた科目が入っていたって?
あわてることはない。
すでに得意科目があるのだ。
合格点はあくまで合計点だ。
合計点が合格レベルに達するならそれでいい。
得意科目で得点を稼げばいいのだ。

稼ぎ頭がいればちっとも怖くない。
これまで捨ててきた科目だって、1年間あれば平均点くらいは取れるようになるものだ。
いやいや、得意科目で点数を稼げるなら、平均点の半分でも合格できるかもしれない。
そのくらいは「お付き合い」だと考えて、たとえ嫌いな科目でも勉強してもいいじゃないか。

2012年4月15日日曜日

正しい塾の利用法

こんにちは

若い頃、進学塾で働いていた。
その頃得た知見を少し。

間違った塾の利用の仕方。
それは、低学年の頃から塾通いしていて、6年生になってその時の学力で「入れそう」な学校を受験する。
行き当たりばったりの人生、である。

正しく塾を利用するためには、行きたい学校を先に決めることが先だ。
その学校の入試レベルと現在の子どものレバルの差を埋めるために塾を活用する。
何事も目標なしに行動してはいけない。
ダッチロールするだけだ。

塾通いは「手段」なのだ。
塾へ通わせておけばなんとかなるだろう、と考えてはいけない。
塾通いが「目的化」してしまうからだ。
目的はあくまで希望する学校、行きたい学校に入れるだけの学力とその技術を習得することだ。

もちろん目標設定をする段階で、十分な基礎学力が身についている必要がある。
基礎が不十分では、目標はただの「夢」にしかならない。
基礎学力は塾に行かせれば身につくのか。
ノー、である。
基礎学力は学校と家庭とで身に付けるものだから。

基礎学力を身につけるためには、長く継続した努力が必要なのだ。
それに耐えられる学校と家庭とが相乗効果を発揮して初めて基礎学力を獲得することができる。
塾通いさせれば何とかなるという浅慮をする家庭には、その忍耐力が不足しているのである。

子どもはできれば塾に行かせたほうがよい。
なぜなら塾は楽しいところだからだ。
学校で得られない知的興奮を味わえる。
塾のトップクラスの先生の知識と教え方は素晴らしい。

そして、そこに集う子どもたちとの関わり。
学校、学級ではトップだった子が、世の中にはまだまだ頭の良い子がいるんだ、と知る驚き。
それが刺激になる。

きちんと目標を定め、基礎を充分身に着けて、塾へ通わせる。
子どもにも親にもそれは有益な経験になるはずなのだ。

真っ直ぐに育てる筋道


こんにちは

Facebookに同僚がこんなコメントを寄せてくれました。

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以前構内ではっちゃんに会った時『お父さんのところに来たの?』と尋ねたら、元気に挨拶してフルネーム名乗ってくれたうえに『おうちにいるお父さんも大好きだけどお仕事してるお父さんも大好きなんです』って話してくれて感動しました。
はっちゃんとお話して、どうしたらこんなに真っすぐすくすく成長するんだろう、親御さんはどんなふうに育てているんだろうと感嘆した次第ですが、Facebookで関口さんが書かれている内容を拝見するようになって、ちょっとその秘密が垣間見られたような気がしています。
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嬉しいですねー。
ちゃんと見ていてくれる人がいるって。
もちろん、はっちゃんもとんたんも、このまま真っ直ぐスクスク成長してもらいたいと思ってますよー。

真っ直ぐスクスク成長するための、ポイントは「自尊心」だと思っています。
「自信」と言ってもいいかな。
自信を持つためには、やるべきことはやり、身に着けるべきことは身に着ける必要があります。
しっかりとした実績があるから、周りから認められ、それが自信になり、自尊心を生み出すんだと思うのです。
それがハッピーの素だし、自由の源泉だもんね。

不勉強な輩は、実力がなく、実績もないから自信もなくて、自尊心の欠片もない。
コンプレックスが強いんです。
そういう奴は、イジワルをしたり、他人の足を引っぱったり、邪魔をする。
それで返って自分の品格を落とし、皆から嫌われ、自ら不幸を招き、損をしているんです。
不自由になっているんです。
これは、子どもも大人も同じ。

好きなことをやれる、やりたいことをやれるような人物に育てたい。
好きなことをやれる、やりたいことをやれるためには、他人の益することができないといけない。
自分の利益だけ考えているような人には、好きなことも、やりたいこともやらせてもらえない。
それが社会の法則なんだと思っています。

だからしっかり勉強もさせるし、必要な躾はしっかりやる。
厳しくするところと、ゆるめるところを区分する。
不十分ながらも、そういう気持ちで育てているし、ぼく自身も子どもと一緒に育っていきたいと思っているのです。

正文集をつくれ その2

こんにちは

試験の形式に、四択問題とか五択問題というのがある。
マークシート試験のほとんどはこれ。
受験者は四択、五択は楽ちんだと思っていたりする。
分からなくてもエイヤでまぐれ当たりするかもしれないからね。
馬鹿言ってんじゃないよ、まぐれで受かるほど試験は甘くないのだ。
四択、五択問題でラクなのは、実は採点者の方だけなのだ。

以下の中から正しいものをひとつ選べ、という問題だ。
受験者はそれぞれの選択肢が正しいのか、間違いなのか、すんごく悩ませられる。
特に初学者が過去問題集に取り組む場合、どれが正しくて、どれが間違いか理解するにはすんごく時間が掛かる。
解説を読んでもなかなか理解できない。
まして、解説が不十分な場合、なぜその選択肢が正しいのか、あるいは間違いなのかがよくわからないのだ。

初学者が最初にやるべきことは、正しい選択肢だけ徹底的に何度も読むことだ。
過去問集の解答を見て、正しいことが書いてある選択肢にだけ印を付ける。
それだけを何度も何度も繰り返し読む。
間違いが書かれている選択肢は読んではいけないのだ。
間違いをいくら学んでも、正しいことは分かるようにならないからだ。

正しいことが書いてある選択肢だけを繰り返し読み込む。
アタマの中に正しい情報だけを叩きこむのである。
とにかくそれが先決なのである。
四択、五択試験は、まずは正しい選択肢だけに印をつけ、それだけを繰り返し読む。
だいたい5年間分の過去問をこの方法で読みこめば、楽に合格ラインまで届くはずである。
しかも短時間で。

これが、四択、五択問題での「正文集の作り方」なのである。
正しいことが書いてある選択肢だけを何度も何度も読みこんでおくと、間違いが書かれている選択肢のどこが間違いなのかが「見える」ようになるのだ。
正しいことが身につくから、間違いがはっきり見えるようになる。

次は、穴埋め問題の対策だ。
マークシート方式の試験が増えたため、穴埋め問題も問題の最後に選択語群が記載されており、その記号をマークする試験が多い。
選択語群が書いてあるから楽ちんだ、と思っている受験者がけっこういる。
バカを言うな。
これも受験者に楽をしてもらうために選択語群が書かれているのではない。
採点が楽だからそうしているのだ。

こういう穴埋め問題を勉強する時も。問題集そのままで勉強してはいけない。
そのままだと、問題を解く時、問題を読みつつ、選択語群が書いてある欄を見に行ったりしなければならず、甚だめんどうだ。
問題集のレイアウトによっては、選択語群はベージをめくらなければ見られなかったりして、疲れる。
めんどう、疲れるやり方は、勉強の敵である。
勉強はなるべくめんどうがなく、疲れないやり方でやるべきだ。
さもないと、長続きしないからね。

穴埋め問題は、問題集にその解答を書き込んでいくのがよい。
ページの左右に余白がある問題集なら、問題のすぐ脇の余白に書き込む。
もちろん解答を見ながらで良い。
当然ながら選択肢の記号ではなく、用語を書き込んでいくのだ。
空白問題は、何がキーワードなのか教えてくれる、親切な問題なのだ。
記号ではなく、言葉そのものを記憶するよう努めたほうが、あとあと役に立つ。
記号なんか覚えても役に立たないのは自明であろう。

余白が少ない問題集の場、一手間かけて、問題集より大きい紙にコピーし、上下左右に余白を設けるとよい。
この余白に解答やら、メモやらを書き込んでいくのだ。
この程度の労力とコピー代をケチると、結局はもっと損をすることになる。

不勉強な人に限って理想的なことをやろうとする。
コピーするのでも問題集1冊いっぺんにやろうとする。
これは無理である。
余白に答えを書き込んでいくのも、過去問何年分もの量を一度にやろうとする。
で、途中で力尽き、やる気を無くす。

勉強が出来る人、勉強が好きな人は謙虚である。
無理はしないのだ。
今日できそうな分だけやる。
たとえそれが数ページ分だっていいのだ。
その代わり、そこまでは確実にやりぬく。
そして余力があったら、もう少し追加する。
少しずつ、コツコツとやっていく習慣がある。
自分を過信しないのも、勉強の大切な心構えだ。

さてこれで、穴埋め問題の「正文集」もできた。
余白に書いた答えを隠しつつ、問題を読み空欄に入る語を思い出す。
思い出せなかったら、隠していた答えを見て記憶する。
あとは繰り返し勉強すれば、キーワードがアタマに入る。

キーワードがアタマに入っていれば、記述問題、論述問題にもかなり対応できるようになるのだ。
資格試験の論述問題は、設問に応えるためのキーワードをいくつか選び出すことが出来れば、あとはそれらを文章としてつなげるだけで、400文字ないし600文字程度の文章を書ききるのはそうむずかしいことではない。
十分合格ラインの論述ができるのだ。

勉強は、こうやって正文集をつくってするのが合理的なのだ。
正文集を自分一人でつくっても良いが、仲間同士で分担して作るのも合理的だ。
勉強仲間がいると、より合理的に楽ちんに勉強ができる。
5人いれば、ひとり1年分の過去問から正文集をつくって、それをお互いにコピーすればいい。作業時間を分担するので、暗記にかけられる時間が5倍になるってわけだ。
ぼくの教師としての経験では、一流校の生徒同士はこういう分担を友達どうしてよくやっている。
そうやってお互い助けあっていることが多いのだ。

どうだろうか。正文集の作り方がわかっただろうか。
また、正文集の効用がわかっただろうか。
正文集を作るという勉強法は、資格試験にだけ有効なのではない。
実務、実際の仕事をする上でもすごく役に立つ。
世の中には間違った情報があふれている。
間違った情報に躍らされることほど不合理なことはない。

仕事も正文集を作っていくのが良いのだ。
仕事をしていて何か違和感を感じる時がある。
そういう時は、皆がやっているからといって自分もそのままやってはいけない。
いったん立ち止まって、ホントはどうなのかな、と考えたり、調べたりする。
正しいことだけを身につけるのだ。
そういう習慣を身に着けておけば、知らずに悪事に加担するなんてことからも遠ざかることができるのだ。

美味しいお米と平和貢献

こんにちは

我が家では「さわのはな」というお米を食べています。
山形で古くから栽培されている品種で、とても美味しい。
もちろん無農薬。

でも、粒が小さく胚芽が大きいため白米にしづらいため、あまり流通していません。
なので、玄米または分づき米として食べるのに向いています。
胚芽が大きいということは、デンプン以外の栄養分が豊富な証拠。健康にもいいんです。

「さわのはな」が、ジュマ・ネット支援プロジェクトとしても購入可能です。
美味しくて健康によいお米を購入すると、その代金の一分がバングラデシュの平和活動にも活用される。
一石二鳥です。ぜひぜひ!
http://www.jummanet.org/notice/2012/01/post-37.html

2012年4月13日金曜日

正文集を作れ その1

こんにちは

和田秀樹『受験本番に強くなる本』PHP文庫\533-から引用。

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ヤマカンを鍛錬するには、”正文集”をうまく使うことだ。
過去問の選択肢などの正解文ばかりを集めた正文集は、医師国家試験の受験生の間でも使われているくらいで、私もずいぶんお世話になった。
これを自分でつくって読んでいると、いくつかある選択肢から正しい答えをかぎわける一種の鑑定家の眼力が養われ、選択に迷った時の奥の手となる。(205p)
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時々、若い技術者君たちに資格試験の勉強を教えることがあります。
技術者の実力=知識×経験^2ですから、知識なしにいくら経験を積んでも腕は上がらないからね。
しっかりした知識があるから、経験も活きてくるし、それも二乗で効いてくるんです。

しっかりとした知識を得るために資格試験を「利用」するのはいいことです。
ミニマムエッセンスを得ることができるから。
ここでも目的と手段を間違えてはいけませんよ。
資格取得は「目的」じゃないんです。
確固たる知識を得るための「手段」。
あくまでいい仕事をするため、仕事を楽にスムーズに進められるようにするためなんです。
そこは間違えないでね。

もう一つ。
資格試験に挑戦すると、学び方の技術が身につくんですよ。
段取りもよくなります。
知識だけじゃないんです。
というか、知識を得るための合理的な「やり方」もわかってくる。
だから、合格がゴールじゃない。
合格したあとも、コツコツと自らを鍛えていかなくちゃいけないんです。
そのためには新たな知識を得ていく必要がある。
その時役に立つスキルも身に付けられるんですな。

若い技術者君たち、あんまり学生時代に勉強して来なかった奴が多い。
学び方を学んでないんですよ。
ポテンシャルはけっこう高いのに、学び方を知らないためになかなか試験に合格しない。
あるいは、学び方を知らないからどこから手をつけていいのか分からず、挑戦をあきらめてしまっている。
そして、学び方を知らないがゆえに、今現在やっている仕事にも不合理をきたして損している。
だからぼくは、学び方もしっかりと教えます。

そのひとつの技が「正文集を作れ」です。

科学の人

こんにちは

うちの息子はっちゃんが「お父さんみたいに科学の人になりたい」なんて言ってくれました。
嬉しくて泣けちゃいます~。
海洋機構の一般公開5/12(土)に連れて行ってあげようと思います!
とかいって、改造後初公開の「しんかい6500」をぼくが見たいからなんだけどねー。
あはははは。
みなさんもぜひ!
http://www.jamstec.go.jp/j/pr/public_open/yokosuka/2012/index.html

2012年4月12日木曜日

どこへ行った?肉食系男子!


こんにちは

電気設備学会賞受賞祝いというわけで、今週の糖質制限食DXは焼肉食べ放題。
1970円で、ご飯も野菜も食べず、ひたすら肉、肉、肉!
噛みごたえのある肉で、ぼくの野生の血も蘇りましたよー。
あははは。

ところで、他のお客さんを観察して発見しました。
焼肉食べ放題と言えば、男子学生がつるんで来ているとばかり思っていました。
ところが、女子グループの方が圧倒的に多かったんです。
そして肉食系女子の食べっぷりも、傍から見ていてすごかった。

どこに行ったんだろう、肉食系男子?

The scale of universe

こんにちは

前にも紹介したけど、これ面白いよ。

「The scale of universe」
http://htwins.net/scale2/scale2.swf?bordercolor=white

小はプランク長さから、大はアインシュタイン宇宙まで、いろいろなものの大きさを見せてくれます。
中高生及び理科の先生、必見です!

2012年4月11日水曜日

電気設備学会賞 今年も受賞!


こんにちは

電気設備学会事務局より、計算機構の建家電気設備について学会賞施設奨励賞を授与する旨連絡がありました!
やりましたー!
去年のSACLA(XFEL)電気設備に引き続き、2年連続受賞です!
計算機構の建家関連では、神戸景観賞(発展の塔)に続いて二つ目の受賞です。
これも建設スタッフ、設計者、施工者、そして運転スタッフのみなさんのおかげです。
ありがとうございます!!

がまんの正しい使い方

こんにちは

人生に「忍耐力」は必要だ。
ぼくもわが子たちに我慢強い人間に育っていってほしいと願っている。
だが、忍耐力、我慢強さを誤解してはいけない。
なぜ忍んで耐える必要があるのか。
それは、自らのやりたいこと、やれねばならないことをやるためだ。
その目的を忘れてはいけないのだ。
つまりその意味で、忍耐や我慢は「手段」なのである。

モノゴトはなかなか自分の思うようには進まない。
それがは人生の常。
思うようにならない時どうするか。
早々と諦めてしまっては、永遠にやりたいことはできない。
やりたいことをやれないことを我慢というのなら、早々と諦めてしまった人も我慢していると言ってもいいだろう。

こういう我慢は、他から強いられた我慢である。
こういう我慢をし続けていると、性格が悪くなるので注意すべきだ。
オレはこんなに我慢しているのに、あいつはやりたいことばかりやりやがって。
そういう気持ちを常に持つようになる。嫉妬だ。
嫉妬心を向上心に結びつけるのならよいのだが、常に我慢して自分のやりたいことをやれない人は往々にして他人の足を引っ張るようになる。
やりたい事をやろうとしている人の邪魔をし、自分と同じ境遇に陥れようとするのである。
性格悪いでしょ。

こうなると自分の知力、体力、時間すべてのリソースを他人のやることを邪魔をし、足をひっぱることに費やすようになってしまうのだ。
当然周りから嫌われる。避けられる。
もちろん自らの実力も上がらない。
非常に損な行動だと思うがどうか。

あるいは、無力感に打ちひしがれ「引きこもり」のようになってしまうかもしれない。
やりたいことがあるからできないわけだから、やりたいことなんか自分にはまったくない、と考えてしまう。
自信をまったく持てない状態。
こうなってしまうと、自分を磨くチャンスを逃しまくるようになってしまうのだ。
これもまた性格が悪く、損な行動だとと言ってもよい。

話を戻す。
世の中なかなか自分の思うとおりにはできない。
それはたいがい条件が整っていないからだ。
時期が悪い、情報が足りない、技術が未熟、理解が足りない。
そういう時こそ忍耐力、我慢強さを発揮すべきなのだ。
すぐにはできないからといって諦めてはいけない。
いったん我慢して、諸条件を整えるのだ。
必要な情報を集め、技術レベルを上げ、周りを説得する。
そして時が来るのを待つのだ。

忍耐力、我慢強さとは手段なのである。
忍耐、我慢を目的化してはいけない。これを絶対に忘れてはいけないのだ。
忍耐、我慢を目的にしてしまうと、性格が悪くなり、アタマも劣化する。
忍耐、我慢はあくまでやりたい事を貫くための過程であるのだ。
やり方、方法、生きる技術と言ってもいい。

我慢をしよう、でも我慢はするな、なのである。

5/21、日食が見られる!

こんにちは

5/21に日本各地で日食(金環食)を見ることができます。
めったにない天体ショーです。
ぜひ見なくちゃね。

日食自体は年2回ほど起こっているんです。
なぜなら、太陽の通り道「黄道」と月の通り道「白道」は約9°で交わっている。
黄道と白道、二つのリングが9°で交わっているわけですから、その交点は2ヶ所あるってことです。
毎年、その交点に太陽と月が来たときに日食は起こります。

でも日本から見られるなんてめったにない。
なぜなら、日食とは月の影です。
月は地球よりずいぶん小さいので、影も小さい。
小さい影が大きな地球に映るわけです。
だから日食がみられる場所は限られちゃうんです。

JAXAのホームページにこんな動画がありました。
http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/event/2012/0521_annulareclipse.shtml?utm_source=feedburner&utm_medium=twitter&utm_campaign=Feed%3A+jaxa%2Fnew_j+%28JAXA%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%E6%9B%B4%E6%96%B0%E6%83%85%E5%A0%B1%29

5/21、天気が良くなればいいですねー。

2012年4月10日火曜日

おどおどしない子どもの育て方

こんにちは

息子の学校、始業式の翌日からガンガン勉強させてくれている。
そうなのだ、学校はアタマを鍛える場所なのだ。
生活指導も、アタマを鍛えるために必要だから、他人の生活に介入するのもアリなのである。
つまり、学力向上が目的であり、生活指導は手段でなくてはならないのだ。
それを取り違えると、教師も生徒も不幸になる。

おもしろいことに、態度の悪い児童、生活が荒れている児童を立ち直らせることは意外と容易だ。
それは基礎学力を付けてやること。
読み書き計算の力だ。
子どもが小学生なら確実に効く。
生活習慣がなっていない児童に直面すると、教師は直接的に生活を改善しようとしてしまう。
それは失敗する。

それよりも学習指導だ。
ほんの数分放課後に残し、極めて簡単な読み書き計算の課題に取り組ませる。
そして極めて少量の宿題を出す。
そして翌日の朝、始業前にほんの数分間宿題のチェックをしてやるのだ。
最初はやってこなくてもかまわない。
朝、その場でやらせて、今日は家でやれよ、と言うだけでいい。
1週間もそれを続ければ、きっと家でやってくるようになる。
そうしたら褒めてやればいい。

生活を整える要は、家でも学習することだ。
ほんの数分間でもいい、家で学習する習慣を作る。
家での学習が定着すると、それをコアにして生活が整ってくるのだ。
そうなると、正のフィードバックがかかるようになる。
勉強ができる->自信が生まれる->自分を大切にする->勉強する。

こうなると、子ども自ら「もっと宿題を出してくれ」と言うようになる。
放課後に宿題を出すと、その場でやってしまい、家でやる分をもっと出せと要求する。
教師も嬉しい苦笑いをするしかなくなる。

生活態度のよろしくない児童を改善するために、その親にあれこれ依頼する。
それはあまり得策ではない。そういう児童の親は、なぜ生活を改善しなければならないかよくわからないからだ。
それに鬱陶しい。
他人の家のことに教師ごときが介入するな、である。
ところが我が子が家で勉強するようになると、親も変わるのである。

どんな親でも、我が子が勉強する姿を見ることが嬉しいものなのだ。
今まで自分子どもが勉強する姿を見たことがなければ、それを援助しようなどという気にはならない。
でも、子どもの具体的な頑張りを見れば変わってしまうのである。
きちんとした食事を用意しよう、夜ふかしはさせないようにしよう、早起きもさせよう、朝ごはんもつくってあげよう。
少しずつ変わっていく。

それは親の教師を見る目も変えていく。
子どもを変える力のある教師。
尊敬もするようになるだろう。
尊敬できる教師であるなら、たとえ若造であっても、聞く耳を持つようになる。
それは子どもが変わったからだ。子どもが変われば親も変わるのである。
逆ではない。

人生に一番必要な力は「忍耐力」だ。
忍耐力とは、がまんすることではない。
自分を克服する力。
できないことができるようになること。
それまでがんばる。
それが忍耐力なのである。
これを身につけるのが、学習の大きな役目なのだ。
知識は実はどうでもいいのだ。

東京大学「学習効率研究会」『新・小学生の勉強法』から引用する。

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習熟するまではガマンの連続なので、根気を積み重ねるしかない。
だが、正答率とスピードが上がってくると、かならず楽しくなってくる。
「できた!」という達成感がつらさを消してくれるので、いつの間にか「やらされた」という被害感情も消滅してしまうのだろう。
それだけではない。「できた!」という体験を重ねると、自分はひとかどの存在なのだ、という自己肯定感が育ち始める。
もうおどおどしなくてもいいことに気づくと、ラクに自分をだすことができるようになり、「主人公は自分なのだ」と実感するようになるのだ。
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2012年4月5日木曜日

スパコン「京」の技術、増殖中!

こんにちは

世界最速のスパコン「京」で培った技術で造られた富士通の商用機「FX10」が増殖中です!

・東京大学に導入されたシステムが4/2から運用開始!
 http://pr.fujitsu.com/jp/news/2012/04/2-1.html

・九州大学も導入決定!
 http://pr.fujitsu.com/jp/news/2012/04/4-1.html

・近畿大学が私大初の導入!
 http://pr.fujitsu.com/jp/news/2012/03/29.html

みんな「京」を使うことを想定した導入です。
自分のところでソフトウェアを作り、うまく行きそうだったら、「京」を使って大規模計算にチャレンジするんですねー。
楽しみ~!!

ラクな仕事より楽しい仕事


こんにちは

スパコン「京」。
本体だけじゃなくて、京を支えるインフラ設備にも興味を持ってくださる方が増えています。
毎週のように設備見学の依頼があり、ぼくがご案内。
自分で造った施設を自分で運転して、そして自分が案内する。
こんな楽しいことはありませんよ。
なぜってぼくにしかできないことだからね。
当然、説明にも「熱」が入ります。

先週来てくださった方から、こんなメールをいただきました。

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単なる計算速度の追求だけでなく、施設全体が省エネや使い勝手、将来の増設対応の面などで非常に合理的に設計されていることが大変勉強になりました。
また、ご説明の節々から、関口さんの科学全般に関する非常に広範で深遠な知識や関心の高さにも触れることができました。
専門分野に留まらない多くの知見が、貴施設の設計や管理運営に活かされていると強く感じました。
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嬉しいですねー。
ますますやる気が出ちゃいますよ。
お世辞半分かもしれませんがね。
だって、たとえ勘違いだとしても「自分はできる」と思った人のほうがホントにできる人材になっちゃうんですから。
積極的に勘違いしちゃいますよー。
あはははは。

新年度になって人事発令がありました。
ぼくは人事には疎いし、あまり興味はないんです。
でもぼくの部署にいろいろと挨拶に来る人がいるんで、発令を見てみました。
後輩で昇格している奴がいました。
さっそくメールで昇格祝い。おめでとう、楽しくがんばろう!ってね。

発令を見ていると、ぼくと同年代で昇格している人もちらほら。
ぼくより後輩でも、エラくなっている奴もいる。
ぼくもオトコの端くれ、ちょっと嫉妬しちゃったりしてね。
嫌だねえ、あはははは。

エラくなっている人は、やっぱりかなり「苦労」していることは確かです。
嫌な仕事も引き受けているし、人間関係にも揉まれているし、長い時間働いている。
そう考えると、ぼくなど絶対に偉くなれるわけがありませんぜ。

小宮一慶『バカになれる人はバカじゃない』サンマーク出版¥1300-にこうありました。

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私たちの頭の中には「仕事はつらいもの」という先入観があります。
だからどうしても「楽な仕事」がいいと思ってしまう。
でも、本当にそれがいいのでしょうか。
私はこう思います。
一番いいのは「楽な仕事を楽しくやる」のではなく、「楽ではない仕事を楽しくやる」ことだと。
楽な仕事はだれにでもできる仕事です。
楽でない仕事をしてこそ世間は認めてくれるのです。
その楽でない仕事を楽しくなる。
それでこそ最強の働き方ができます。(50p)
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ぼくは嫌な仕事は極力避けているし、人間関係もあまり気にしないし、残業なんかめったにしません。
でもラクな仕事をしているとも思ってはいないんです。
ぼくにしかできない楽ではない仕事をやっている。
しかも楽しんで。
そしてそれができるポジションに居る。
非常にハッピーなことですな。
そうさせてくれている我社に感謝ですよ。

2012年4月4日水曜日

本は買ってやる

こんにちは

ぼくは本を買うのを止めますが、わが子たちに本を買ってあげるのは続けようと思います。
ぼくは買わなくても読む本がたくさんある。
でもわが子たちはこれからが読書の旬になるわけですから。
旬を逃してはいけない。
そういうところは節約しちゃいけないんですよね。

毎週末、家に帰ると必ず子どもたちを本屋さんに連れていきます。
そこで欲しい本を1冊選ばせる。
子どもが選んだ本は、その本が多少くだらなくても、また値段が張る本でも買ってあげます。
文句はもちろん、意見も言わない。
もっとも、選んだ本がエロ本だったら注意はするでしょうがね。あはははは。

今のところ、『テレビマガジン』みたいなTVのヒーローものが載っている本を選ぶことが多いです。
付録目当てのようなところもある。
次男5才は、まだ文字は読めません。
付録で遊んでばかりで、本の方はほとんど読みません。
それはそれでいいと思っています。

長男7才は、本文もけっこう読んでいます。
付録には工作のようなものもあり、本文の説明書を読みながら作ったりしています。
それが、楽しみながら自然と読む体験になっているんだと思っています。

長男は先日、『コロコロコミック』という分厚い漫画本を選びました。
ドラえもんなどの漫画が載っている本ですね。
当然買ってあげました。
これを1週間で読みきったようです。
スバラシイ!

漫画も読書体験としてバカにできないものだと思っています。
子どもが漫画から得る知識はけっこうあるんです。
漢字にはルビがふってありますから、文字も自然と覚えるしね。

最近の子どもは漫画をあまり読まなくなっているそうです。
ビデオゲームのような即物的な遊びの方に飛びついちゃっている。
ぼくが子どもの頃は、漫画ばっかり読んでいるとバカになる、なーんて言われていましたが、今の子は漫画さえ読めないほどバカになっちゃった子もたくさんいるんです。
漫画には字が書いてあるから難しいんだって。
ちょっとトホホですねえ。。。

長男はまだ7歳ですから、漫画だろうと分厚い本を読みきったということだけでも、かなりの読書体験になったと思っています。
毎週1冊本を自分で選び、買う。
これをずっと続けていけば、徐々に高度な本を自分で選んでいくようになるんじゃないかと期待しているのです。

本は安いです。
1冊1000円、せいぜい2000円。
毎週二人の子に買ってあげても月に1万円にもならないでしょう。
このくらいは必要な教育費だと心得ているのです。

本は買わない

こんにちは

多分確実に、復興予算確保のためぼくの収入は10%減になります。
生活はなかなか厳しいものになります。
これまでは毎月、ぼくのお小遣いの10%を復興のために寄付をし続けていましたが、これからは自主的寄付はできなくなっちゃいますよー。
これもお国のためじゃ。

ちょいと昔の給料表を引っ張り出してみたら、ほぼ15年前の結婚当時の年収に戻ってしまいます。
あの頃は二人だけの生活でしたから比較的余裕もありました。
今は家族も増え、家も建て、子どもは私学だし、ぼくは単身赴任していたりするので、やっぱり厳しいですね。
何とか工夫してやりくりしていかなくちゃね。

我が家の節約計画、その1。
まずぼくが本を買うのを止めました。
だいたい毎月3万円くらい本を買っていました。
15冊から20冊くらいですね。

もちろんその全部をその月に読み切ることはできません。
ドカンと買って、その中から面白そうな順に読んでいくわけです。
するとせいぜい読みきるのは月に10冊から15冊。
つまりは毎月5冊から10冊程度、読んでいない本が我が家に溜まっていく。
そういう買ったけど読んでいない本が、我が家にはたぶん200冊以上ありそうです。

今年は新たな本はなるべく買わず、ストックしている本を読んでいくことにしました。
これで毎月3万円の節減ができるでしょう。

我が家の西面は階段にそって1階から2階まで造り付けの本棚が取り付けてあります。
収蔵能力は1000冊。
ここがもう満杯なんです。
これ以上本を入れられない危機的状況。
我が家の本棚の負担も軽くしなくちゃね。

ぼくは本を読み終えると、気になった部分をパソコンに抜書きします。
抜書きし終わった本は、同僚や後輩にあげてしまうことにしています。
もちろんよほど保管しておきたい資料的な本は、本棚にしまいますが、大抵の本は読み終えてしまえばぼくにとって必要ないものになる。
だから、新たに本を買わずに今本棚に鎮座している本を読んでいくことによって、本棚にも余裕ができるわけです。

古いものを消化してしまわないと、新しいものは入れられない。
何事もそういうものだと思います。
我が家の本棚に老廃物、コレステロールのように溜まった本を、今年は掃除でもするがごとく、読んでしまおうと思います。
新たな気持で和が家の本棚を眺めてみると、読みたい本がけっこうあるんです。
でも毎月新しい本を買っていたので、それらを読むことができなかったんです。
こりゃーいいやー。

もちろん新刊本にも読みたい、買っておきたいものがあるでしょう。
そういうのはすぐ買わずにアマゾンの「買い物かご」にとりあえず保存しておく。
またお金に余裕ができたときに買えばいい。

以前は本屋さんで読みたい本を見つけた時、すぐ買っておかないと、すぐ本屋さんから消えてしまっていた。
迷っていたら買えなくなっちゃってたんですよね。
でも今はインターネットのお陰で、ちょっと古い本も簡単に見つけられるようになりました。
インターネットの古本市場も充実していて、欲しい本が買いやすくなっています。
だから今すぐ買わないとならないってことはなくなってるんですよね。

さてさて、兎にも角にも「どっちに転んでもシメタ!」でがんばろうと思います!

2012年4月2日月曜日

結婚15周年!


こんにちは

4/1エイプリルフールにぼくらは結婚しました。
妻は学校の教師だったので、離任を待って結婚したからね。
釧路港から一緒にフェリーに乗って、東京へと連れてきたんです。
あれから15年も経っちゃいましたよ。

毎年恒例の「結婚継続契約書」です。

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びっくりすることに、ナントー!!
15年も続いてしましたーーー!
これも家族全員が、それぞれの役割をはたし、しかも
みんあが楽しくハッピーになれるよう、
心と気を配っているからだと思うのであーる。
はっちゃんもとんたんも、いい子に育ち、
晶ちゃんは家族をサポート。
よっちゃんも単身赴任でがんばりました。
今年の課題は「節約」。
東北地震の復興のため、我が家もつつましく、
でも楽しくやりたいと思います。
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そうなんです。
ぼくも「見なし公務員」ですので、今年度は復興財源確保のため給料が10%減となる見込み。
経済的にはかなり厳しいですね。
これもお国のためじゃ。
でも減ったら減ったなりに、色々工夫して生活していくのも楽しいと思います。
どっちに転んでもシメタ、でやっていこうと思います!