2012年10月22日月曜日

技術があるから思考も深まる

こんにちは
 
はっちゃんは2年生で習う漢字を一通り勉強し終えました。
先週金曜日、漢字検定9級を受験。
まだ2年生になって半年あまり。
それでもはっちゃんの学年からは13名が9級に挑戦したそうです。
 
一通り勉強し終えたと言っても、試験日までに過去問4回分しか練習できませんでした。
ちょっと練習量は不足でしたね。
10回分くらい過去問はやりたかった。
試験日までにそこまで追いつけることができずに残念。
 
でも満点は無理でしょうが、合格点には届いたような感じです。
発表が楽しみです。
試験が終わったからと言って、気を緩めてはいけません。
せいぜい2,3日だけね。
引き続き今日から、3年生の漢字練習に入りました!
3年生の漢字は200文字。
毎日2文字ずつこなせば、半年くらいで終えられるでしょう。
 
算数はどうか。
九九もほぼ完璧にマスターできたので、桁の多いかけ算にも挑戦しています。
3年生に習う計算ですね。
今日は3桁×1桁の筆算。
ラクラクできました。
桁数の多いかけ算は、九九のマスター+足し算が暗算でできないと、計算できません。
来週は2桁×2桁の計算を教えようと思います。
 
こうやって、ちょっとずつ先へ、先へと進めていき、5年生終了時までに、6年生までに習う読み書き計算はマスターしてしまおうと思っています。
読み書き計算は技術、あるいは道具です。
技術、道具がしっかりしていれば、思考にじっくり時間をかけられます。
技があるから考えも深くなるのです。
 
弁護士で司法試験予備校をやっている伊藤眞さんの講演を聴きました。
司法試験合格を目指す学生に、伊藤さんがまずやらせることは何か。
法律の暗記?
いやいや違います。
法の論理?
いいえ、そうじゃありません。
法の精神?
まったく違います。
 
伊藤さんが学生にまずやらせるのは、文章を速く書く訓練なんです。
司法試験本番では、60分という短時間で1700文字もの論文を書かなくてはなりません。
それも1科目だけじゃなく、何科目も書かせられる。
このとき、文章を速く書く技術は役に立ちます。
 
最初から自分で論文を書くのは無理ですから、試写から始めるそうです。
模範解答をただただ書き写す。
それも速く。
本番で1時間で書くものを、30分で、20分で。
 
速く書けると、考える時間が生まれます。
30分で書ける技術があるなら、1時間の試験時間のうち30分を考え、論を立てる時間に使えます。
20分で書ける技術があるなら、1時間の試験時間のうち40分を考え、論を立てる時間に充てられるのです。
 
書く時間が1時間以上かかるなら、答案を書き終えられず、これは論外。
書く時間が50分なら、考える時間は10分しかない。
考える時間が40分ある人と10分しかない人、どちらが深みのある論文が書けるか。
それは当然、長く考えられる人に決まっています。
 
技術というのはバカにならないものなのです。
技術があるから思考は深まり、広げることができるのです。
小学生なら読み書き計算の技術。
読む速度が速ければ、書かれたものを把握し、書き手の意図を理解することができます。
書く速度が速ければ、自分の考えをまとめ、十分推敲する余裕ができます。
計算する速度が速ければ、問題を理解し、意図を把握し、試行錯誤だってできる。
 
小学生の理解力や思考力は5年生、6年生になって初めて生まれてくるものです。
それまでは技術、訓練でよいのです。
技術を十分身につけて、5年生、6年生になって、思考力を磨くんです。

遡り学習のススメ

こんにちは

では学力的に低位な子はどうしたらいいのか。
ぼくが若い頃、中学校で非常勤講師をしていた時分かったことがある。
学力の低い子は頭が悪いわけじゃない。
すべからく漢字の読み書きが不自由なだけ。

仮説実験授業のような楽しい討論の授業では、けっこう議論に参加してくる。
議論を乗っ取ってしまうくらいよくしゃべることもある。
だから知能は学力のある子に遜色ないのだ。

でもテストをするとまるでダメ。
なぜならテストは問題が文章で示されているからだ。
この文章をすらすら読めない。
だから何を聞かれているのかが分からない。
なんとなく分かったとしても、答えを文章にして表せない。

この世の中、知的な事柄はすべて書き言葉でやりとりされるわけだ。
しかも抽象語を多様に使って。
それには漢字の読み書きが欠かせない「道具」なのである。

話し言葉は自然に覚えられても、書き言葉は訓練なしに身に着けることはできないのだ。
だから、学力獲得のために一番大切にしなければならない時期は、実は小学校時代なのである。

中学生になって学力低位の子が回復するには、小学校まで戻って「遡り学習」するしかない。
遠回りでも小学1年生に習う漢字からやり直すのである。
これが一番の近道なのだ。

大変そうだが、そうでもない。
中学生くらいの知力と体力があれば、1学年分半月か1ヶ月でこなせる。
半年もやれば小学校の漢字書き取りを全部マスターできちゃうのだ。
あとはそれをやるかやらないかだけ。

遠慮せずにアンチョコを使え!

こんにちは

これまで学力を身につけるためには、家庭での予習復習、特に中学校に入ってからは予習が大切だと述べてきた。
けれども学力中位の子(学力偏差値40~60程度)にとって、自力で予習することは至難の業である。
中位の子は十分な基礎学力と学習技能が身についていないから、予習しても分からないことだらけ。
単語一つ辞書で調べるにも、大変な時間がかかってしまう。
それでは続かない、続けることができない。
結局予習することをあきらめてしまうのだ。

だがしかーし!学力中位の子に強い見方がある。
それは「教科書ガイド」。
いわゆるアンチョコだ。
こいつを使おう。

教科書ガイドには、教科書の問題の答えが全部書いてある。
え、そんなの見たら卑怯だって?卑怯もへったくれもあるか。
きちんとした学力が身につくなら、それでいいのだ。

ぼくが子どもだった時代、学研や旺文社の発行する学習雑誌の付録にアンチョコが付いていた。
ぼくもアンチョコを活用して予習するようになってから、成績が伸びた。
残念なことに高校に入ってからこの勉強法に気づいた。
中学の時からやってればよかったよ。

それはともかく、今は学習雑誌は廃刊されちゃったけど、教科書ガイドは市販されている。
ネットでも買える。
http://www.gakusan.com/home/guide.php 
いい時代だ。

中位の子であれば、教科書ガイドを読みこなすだけの学力は持っている。
活用しない手はない。

2012年10月17日水曜日

没個性的な子どもの育て方

こんにちは

最近の子ども、あまり個性的な子がいない。
一見個性的なファッションを身にまとっていたりするが、同じような格好の子がたくさんいて、ただ仲間とつるんでいるだけだったりする。
要するに低レベルな凡庸ばかり。
なぜ?

その原因は「個性化教育」の充実だと、ぼくは仮説している。
学校で、個性、個性と言うようになってから、返って子どもたちの没個性化が進んだ。

なぜなら学校で求められる「個性」は、<良い個性>だからだ。
個性にも善し悪しがあるという前提で、良い個性だけ認め、伸ばそうとしているのだ。
たしかに、個性的な人は迷惑な存在だったりする。
そういう迷惑な個性の芽を摘んでしまおうというわけだ。

でもこれでは子どもは個性を発揮できない。
自分の個性が査定されるとしたら、思い切って自分を出すことができなくなってしまうのは当然の理なのだ。
だって子ども自身には、自らの個性の善し悪しがわからないからだ。
判断基準は教師が持っており、それは明示されていない。

個性というものは本来善し悪しはない。
善し悪しを査定されないから、のびのびと個性を発揮できるものなのだ。

善し悪しが査定され、常に監視されていると思ったら、あまり過激なことができなくなる。
ほどほどにしておくのが一番得策だからである。
地雷を踏むのは子どもだって嫌だからね。

なので今の子どもたちは、ほどほど、なあなあを基本原理として生きざるを得ない。
そして時々、大人たちの目を盗むように自分の欲望を発露しようとする。
ひとりじゃできないけど、みんなだととんでもないこともしてしまう。
あるいは、大人たちの目に配慮しつつ、このくらいだったら許してくれるよね、みたいなことをやるわけである。
こうしてかわいくない子どもができあがるのだ。

2012年10月16日火曜日

今週末10/20(土)は理研神戸へ!

こんにちは


今週末10/20(土)は、神戸ポートアイランド研究地区の一般公開です。
スパコン「京」を擁する計算科学研究機構、iPS細胞実用化目前の発生再生科学総合研究センターも公開です。
クイズラリーで豪華賞品がもらえたりします。
ぜひお子さんといらしてください!
 

2012年10月15日月曜日

努力離れからの離陸!

こんにちは

はっちゃんととんたんのお世話になっているボーイスカウト。
ボーイスカウトは9月が新年度。
新年度で入隊する子が増えた。
今日ぼくは、補助リーダーとして参加した。
すると新入隊の子どもたち、隊長が何か指示するたびに「えー」「なんでー」「いやだー」「ぼくがやるのー」などと言う。
とにかくやりたがらない。
鬱陶しいったらない。
今の子どもの特徴をひとことで言えば「努力離れ」。
努力することが嫌い。
なるべく努力したくない。
努力しないことに一生懸命努力しているという感じ。
だからまず最初に「いやだー」と口に出る。
ごねる。
屁理屈を言う。
そして、何とかして自分がそれをやらなくてもいいようにする。
リーダー、指導者、先輩があきれ果て、「じゃあ、やらなくてもいいよ」となると、「いえ~い」「やったー」だもん。
何じゃ、おまえら!って思いましたよ。
まあ、入隊したばっかりだから仕方ないとは思うけど。
きっと学校でもそうなんだろうな、と思った。
だからきっと、勉強もできないだろうな。
バカな人生を歩んでるなー。
努力した方が楽しいのにさ。
そして、そのままバカじゃいかんぞ!とも思うわけ。
再来週はぼくの実験教室をこの子らに対してやることになっている。
こいつらを少しでも感化してやるぜ、と決意した!

2012年10月14日日曜日

準兄弟、準いとこの薦め

こんにちは
 
はっちゃんのマブダチまことくんが、金曜日から二泊三日で我が家に泊まりに来ました。
我が子たちと同年代の男の子3人で、大騒ぎで楽しんでいきましたよ。
 
なぜお泊まりに来たかというと、まことくんのお母さんはお医者さんで、土日に宿直勤務が入っちゃったから子どもだけで家に置いておくのは不安だから、というのが第一の理由。
でもぼくはもっと積極的に、お友だちを泊まりに来させたり、逆に我が子たちをお友だちの家に泊まりに行かせたりしたいと考えているんです。
 
以前、TBSラジオ「サイエンスサイトーク」の収録で、ゲストの岸本裕史さんに聞いた話を紹介しましょう。
(この話は、日垣隆『頭は必ず良くなる』 (ワックBUNKO)に収録されています)。
岸本さんは<準兄弟、準いとこのススメ>を話してくれました。
 
現在は核家族、小子化で、同年代の子ども同士のふれあい、葛藤というものが少ないですね。
昔の家族のように、子ども同士の関係が子ども自身を育てていったというメリットがなくなってしまっています。
そこで、同年代の子を持つ親同士が時々、自分の子を相手の家にあずけたり、相手の子をあずかったりするのもいいのではないでしょうか。
このような関係を、岸本さんは「準兄弟、準いとこ」と呼んでいます。
 
子ども同士の関係が出来るだけでなく、以下のような「効用」もあります。
 
友だちの家に泊まってきた子どもは、年少な子どもなら特にでしょうが、自分の家に帰ってきて友だちの家のことを話します。
ご飯の時子どもがお手伝いをしていたとか、自分の皿は自分で洗っていたとか。
お風呂の時、ちゃんと体を洗ってから湯船に入っていたとかね。
いいことだけじゃなく、友だちのお父さんはパンツ一丁でTVを見ながらビール飲んでた、とかも。
いろんな話を子どもはしてくれるはずです。
 
反対に、自分の家に泊まっていった友だちも、家に帰ればお父さんお母さんに話をするでしょう。
そう考えると、あんまりみっともないことをしにくくなりますよねえ。
 
こうして、友だちの家の「文化」を子どもが運んできてくれるんです。
友だちの家のいい文化は自分の家にも取り入れてもいいでしょうし、しょうもないものは反面教師にすればいい。
 
宿題も持ってくれば、友だちの学校ではどんな勉強をしているのか知ることができます。
一緒に勉強すると、我が子たちに足りないところはどこかもはっきり見えてくる。
子どもに勉強を教えるときも、自分の子どもだけだと「どうして分からないの!」なんて、つい熱くなって怒ってしまいがちです。
他人の子もいっしょに教えるなら、冷静さも保てます。
 
さらに、子どもをあずけることによって夫婦だけの時間を持つことが出来ます。
普段は子ども中心に家庭が回っているために、夫婦だけの会話など満足に出来ていないのではないでしょうか。
時々、夫婦だけの時間を過ごすことによって夫婦関係も深まって、老後の「濡れ落ち葉」や「定年離婚」の帽子にもなるかもしれません。
 
子どもをあずけたりあずかったりするには、親同士が仲のよい絆を持っていなければならないのはもちろんです。
気心の知れた家族同士で、準兄弟、準いとこという実践を、年に数回くらいやってみるもの面白いと思っているんです。
 

2012年10月13日土曜日

財布のひも

こんにちは
 
本日は相模湖プレジャーフォレストってところへ遊びに行きました。
我が家としては珍しく、車で、高速道路に乗っての遠出。
マブダチまこくんも一緒です。
 
お目当ては、巨大立体迷路「からくり砦」。
とんたんが幼稚園からパンフレットをもらってきた。
それを見たはっちゃんが「行きたい!」。
日程を調整してようやく実現。
 
最初、子どもだけフリーパス券、大人は入園券だけ買って、節約しようと思ってました。
そして、子どもだけ放牧して、大人は休憩室でのんびり読書でもしてすごそう、と目論んでいたわけです。
 
ところが。。。
ほとんどのアトラクションが、小学生以下は保護者の付き添いが必要。
結局、大人もフリーパス券を買い、子どもたちに付き合う羽目に。
とほほほ。。。
 
園内で食事をしたり、飲み物を買ったり。
なんやかんやと、だんだんと出費がかさんでいきます。
お財布からお金がどんどんと消えていきます。
子どもは楽しそうですが、ぼくの気持ちはどんよりとしていきます。
 
とすると、ぼくが子ども時代、ぼくの父母はどんな気持ちで財布のひもをゆるめていたのかなー、なんて思ってしまいました。
けっこういろんな所へ連れて行ってくれましたから。
両親に感謝ですねえ。
 

2012年10月7日日曜日

宿題が学校を楽園にする

こんにちは
優秀な教師は、宿題をやらせる。
もちろん、やらせっぱなしではなく、ちゃんと採点したり、見てやったり、一言書いたり、声がけも怠らない。
そして、宿題をやったからテストでもいい点数を取れた、という実感を子どもに与える。
やったらやっただけの、努力したら努力しただけの結果が得られることを体験させるのだ。

宿題をやらせる教師は、親からも信頼される。
いや、親をも変えるのだ。
親が「宿題したの?」という前に、我が子が勉強を始める。
親にとってはオドロキだ。我が子を好ましく思うと共に、指導してくれる先生を尊敬する。

宿題は、小学生なら読み書き計算など、誰かに教えてもらわなくてもスイスイできるもので十分だ。
考えなければできないようなものはよろしくない。
考えず、何も参照しなくてもスイスイできるような宿題に限るべきだ。
親が面倒を見ないとできないような難しい宿題は出さない。
だから子どもが自主的にできる。
自主的にやる姿は、親に感動を与えるのだ。

子どもが自主的にできる類の宿題、つまり読み書き計算を家でキッチリと勉強するようになれば、学校で読み書き計算の復習をしなくてもよくなる。
一人でもできる勉強をわざわざ学校でみんなが集まった場所でやる必要はそもそもないのだ。
学校では、みんながいなくちゃできないような勉強をするべきだ。
考える勉強、調べる勉強、議論する勉強。
これは面白いよ。

蔭山英男先生はヒラ教師時代、子どもたちから「理科の先生」だと思われていたらしい。
なぜなら学校でオモロイ理科実験をたくさんやって見せたからだ。
なぜそんなことができたかというと、読み書き計算の宿題をキッチリやらせていたからだ。
だから学校でオモロイことができたのだ。
ちなみに蔭山先生は法学部卒で、まるで理科教師ではない。

少子化の現在、家に帰ってから近所の子どもたちで集団で遊ぶなんてことがしにくくなっている。
同年代の子どもたちが集まれるのは学校しかないのである。
ならば、学校で集団遊びをするのがよい。
ぼくは教師時代、そう考えた。
家で宿題をする習慣が身に付き、読み書き計算を自主的、自律的に家で勉強する子どもたちなら、学校は本来の意味での【遊び場】にもなり得る。
子どもが宿題をしっかりやり、読み書き計算の力がバッチリ付き、テストもいい点数を取れる。
その前提があれば、学校をパラダイスにできるのだ。

2012年10月6日土曜日

継続も親の意志!

こんにちは
 
この秋、はっちゃんはカブ隊へ上進、とんたんはビーバー隊に正式入隊。
二人とも少なくともボーイ隊まで続けさせます。
続けることが大切なんだけど、けっこう止めちゃう子が多いんだよね、スカウト活動も。
その原因はほぼ親。
子どもが「行きたくない.もう止める」と言うと、その自主性に任せてしまう。
あれこれ習い事をつまみ食いするのも同じですね。
子どもが「やってみたい」と言ったらやらせ、「もう止める」と言ったら止めてしまう。
それって自主性の育て方、間違ってますぞ!
 
子どもの「やりたい」「止めたい」は、自主性なんてもんじゃなくて、その場の<気分>なんです。
いちいち聞く必要はないのです。
そんなことより、親が「これを我が子にやらせたい」と思うものをやらせる。
親が我が子のためによいと思うものだったら、自信を持って「押しつけ」るんです。
そしてそれを続けさせるんです。
 
やり続けていれば、嫌なこともあるでしょう。
困難にもぶち当たるでしょう。
止めたくもなるでしょう。
でもそこで止めさせちゃいけない。
乗り越えさせなくちゃ。
乗り越えられるように援助してやらなくちゃ。
 
子どもが「止めたい」と言ったからって、すぐそれを聞き入れてはいけないんです。
我が家はそういうくだらんにせものの自主性は認めません。
継続は力なり。
そしてそれを支えるのは親の意志!

2012年10月1日月曜日

男は肉食!

こんにちは
我が子たちには男らしい男に育ってほしいと思っています。
養老孟司さんは「男は男として育てなければ男になれない」と言っています。
男らしい男に育てるには、やっぱり肉食は必要条件です。
というわけで、都民の日の今日、子どもたちを焼肉食べ放題に連れて行きました。
子どもと一緒に焼肉食べ放題に行くのは、ぼくの夢の一つでした。
夢が叶いましたよ!
行ったお店は、池袋の喰喰というお店。
http://r.gnavi.co.jp/g817917/
都民の日のお昼時だったので、中高生くらいの若者で賑わっていました。
だけどそのお客さんたち、明らかに女子の方が多いんです。
肉食女子、健在!
男子、どうしたー!!
このお店は子ども料金の設定があります。
年齢×105円です。
オマケにクーポン券で10%引き。
十分、元を取りましたぜー。
満足、満足。
子どもたちも気に入ったようです。
月に1度くらい、連れてこようかなー。
やっぱ男は焼肉だよね!

通学は楽し

こんにちは
 
毎週末、必ず子どもたちを近所の本屋に連れて行き、自分の好きな本を1冊買ってあげます。
はっちゃんはそれを学校に持っていきます。
でも学校で読むわけではありませんよ。
通学途中の電車やバスの中で読むんです。
 
通学時間は約1時間。
電車とバスを乗り継いで学校へ行きます。
往復2時間、毎日のこの時間を活用できるようになってほしい。
その第一歩は、読書でしょう。
通学の往き帰りに本を読めば、年間ではかなりの読書量になります。
 
野口悠紀雄さんも言っていますが、アタマの良さとは国語力、なんです。
そしてその国語力は、読書でしか培われないものなんです。
幼少の頃からの大量の乱読が、国語力を上げ、語彙を増やし、当然知識も増える。
優秀な人たちはすべからく、子どもの頃から読書家なんです。
 
一昨日は運動会でしたが、はっちゃんはちゃんとカバンの中に1冊入れていきました。
その本は横山験也『日本地図迷路』。
それをバスの中でお友だちと一緒読んでいる。
クイズを出し合って楽しんでいるんです。
素晴らしい!
都道府県名も自然と覚えちゃっているようでした。
 
ちょっと長い通学時間も、知的時間に変えてしまいます。
読書は最高の暇つぶしですからねー。