2011年2月28日月曜日

褒められる人生を!


こんにちは

溌貴君の入学前準備、ひらかなの練習も順調です。
土日も欠かさず、毎日コツコツと進めています。
筆圧もしっかりしてきて、いい文字を書けるようになってきましたよ。
勉強時間も10分くらい。
その間集中して、かつ楽しく取り組んでいます。

そういうお兄ちゃんの姿を見て、としきくんも勉強したくなったみたいです。
一緒にダイニングテーブルに座って、勉強を始めました。
溌貴君用に買ったひらかな練習帳があまっていたので、それを与えました。
溌貴君に「とんたん、じょうずじょうず!」と褒められながら、取り組んでいますよ。

藤原正彦『大いなる暗愚』新潮社¥1300-にこうありました。

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私は学生たちに日頃からこう言っていた。

 君たちは今後、落ち込むこと、挫折すること、深い失意に沈むこと、などが必ずある。
 何度もある。
 そんな時には褒め言葉を思い出すんだ。
 これまでに先生、親、権威ある人などから褒められたことがあるでしょ、それを思い出すんだ。
 私のように気が強く自信過剰な人間でも時にはどん底に落ち込むことがある。
 そんな時は一日に何度も褒め言葉を思い出さないと一日が終わらないこともあるんだ
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藤原さんのお茶大での教え子が地方のマスコミに就職し、その縁でその地方へ講演に行ったんだそうです。
講演後に教え子と雑談をしたとき。
その教え子も働きはじめ、社会の厳しさを味わっているところ。
藤原さんは大学の1年生向けのゼミで、毎週指定する本を読んで、その感想文をレポートに書き、それを元にみんなでディスカッションをする、という授業をしていたんです。
学生の書いた感想文は、ちゃんと読んでコメントを書いて返す。
その教え子は自分のハンドバッグの中に、学生時代のレポートを常に入れていたんだそうです。

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彼女(藤原氏の教え子)はそんな私の教えを忠実に守っているようだった。
「ところでそこにあるぼくのコメントはほめてあるんだろうね」
「はい、激賞です」
そう言って彼女は初めて頬をバラ色に輝かせた。(30p)
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藤原さんから返却されたレポートで、激賞されたコメントが書いてある。
社会人になってもそれを支えにする学生。
いい話だなーって思いました。

人は褒められないと成長しないんですよ。
それは子どもの頃、学生時代は当然だし、大人になっても老人になっても同じなんです。
褒められるから自尊心も育ち、もっとやろう、自分にはできるはず、という自負心も生まれます。
誰からも褒められなかった子どもは、心に風穴が空いてしまいます。
自尊心も自負心もなく、努力する習慣も身に付きません。
誰からも褒められない人は孤独で寂しく、心がすさみます。

褒めると言っても、ただ甘い言葉をかけるだけではダメ。
何か課題を与え、それをやらせる。
それもちょっと背伸びしないとできない程度の困難を与える。
藤原さんのゼミも結構厳しいですよね、毎週1冊骨のある本を読ませるんですから。
読書経験の足りない昨今の学生にとっては、なかなかのハードルになっている。
そしてそれをレポートにして、授業で話し合う。
かなりの努力を必要とする課題です。

こういう困難を乗り越えさせる。
「結果」を出させるってことが大切。
乗り越えるところまで、きちんとサポートする。
だから「激賞」もできるし、その激賞が学生の心に届くんです。
そこまでできる先生が、よい教師ってことでしょう。

誰かに褒められるには褒めるに値することを成し遂げないといけません。
そこまで自分を引っぱっていけるのは、自尊心、自負心なんです。
困難にめげそうなとき頼りになるのは、これまで自分が褒めてもらった経験。
それががんばりの素になるんです。

人はどんなときに褒めるでしょうか。
それはその子どもは「価値のあること」を成し遂げたときでしょう。
お手伝いをしたとき、お年寄りに親切にしたとき、道に落ちているごみを拾ったとき、等々。
だから褒めるという行為には必ず「公共的」側面があるんだと思うのです。
家族の役割を果たす、誰かの役に立つ、社会に貢献する。
子どもがそういうことをするから、心から褒めることができるわけです。
勉強ができたことを褒めるのも、将来社会にとって価値ある人間になる期待を褒めるんです。
だから、自分のためだけに何かをやっても、ちょっとそれは褒められない。
誰かの役に立つ、という視点がないとだめなんですよ。

我が子たちにも、褒められる人生を贈りたい。
褒められるにはどうすればいいのかを、行動を通して教えていく。
多くの人の役に立つことをする、多くの人にハッピーを届け、笑顔を増やす。
そして誰かに褒められたり、感謝されたりする。
やる気が出て、もっといいことをしようと努力を重ねる。
ちょっと厳しい状況になってもあきらめずに、結果を出すまでがんばる。
そういう好循環の中で人生を歩んでいってもらいたいです。

2011年2月26日土曜日

集合写真を撮ろう!


こんにちは

何年も前に一緒に仕事をした若い現場代理人さんからメールがとどきました。

 関口さんへ

 突然ですが、、、
 この度、青森県の弘前営業所に異動になります。
 3月より赴任します。
 会社としては東北の仕事も学んでほしいようです。
 こちらに来てちょうど12年。随分と遠くに異動になったものですが、
 自分としては良い機会かなーと思っております。

 関口さんには、大変お世話になりました!
 私の師匠ですから。(勝手にー。スミマセン!)
 仕事のイロハを教えてもらい、社会人、技術屋としての基礎を
 叩き込んでくれました。本もそれまで以上に読むようになりましたね。
 その後は、常に関口さんから学んだことを意識して仕事をするようになり、
 会社からそしてお客様から良い評価をしていただけたことが、
 今回の異動につながったんだと思います。
 役職も上がりましたよー。肩書きも営業所の副所長兼設備課長です。

 これからも関口さんに少しでも近づけるよう、一本スジの通った社会人、
 技術屋として頑張っていきたいと思います。
 たまには近況報告しますね。
 弘前に行っても関口さんのゴミメール、欠かさず読みます!
 またどこかでお会いすること楽しみにしております。
 本当にありがとうございました!!!!!

嬉しいですねー。
このメールをもらって、ぼくのゴキゲン度もアップ。
ゴキゲン、ゴキゲン、超ゴキゲンになりましたよー。
ゴキゲンこそ自分の能力を開花してくれるものですからね。
内田樹さんもこう言っていますから。

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どうすれば、パフォーマンスは向上するか。経験的には誰でも知っている。
自分の仕事に誇りを持ち、機嫌よく仕事をしているときに、仕事の質は最も高くなる。
怒っている人間や怯えている人間や恐怖にすくんでいる人間が質の高い仕事をするということは、ふつうない。
まして手詰まりの状況を切り開く起死回生の知恵を思いつくというようなことは、絶対にない。(鷲田清一/釈徹宗/内田樹/平松邦夫『おせっかい教育論』140B¥1200-、202p)
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昨日は神戸に建設してきたiPS研究棟の竣工検査。
ぼくのゴキゲンを共に苦労してきた施工スタッフたちにも感染させなくちゃ。
ゴキゲンは周りの人たちに感染し、ハッピーを広めますからね。
でもゴキゲンになるためには努力もしなくちゃ。
やれることをきちんとやるんです。

竣工検査の目的は、

 偉い人たちにかっこいいところを見せる

なんです。
竣工「検査」と言っても、実際に検査するわけじゃありません。
実質的な検査は既に担当者が終えているのです。
それに偉い人たちは具体的な検査をするだけのスキルもありませんしね。
だから竣工検査は「ほら、こんなによくできましたよ」「おお、よくできてるなー」とお見せできればいいんです。
我が社からは施設担当理事が出席しますから、設計会社、施工会社もそれに釣り合う各社の偉い方々が出席します。
我が社の偉い方によく思ってもらい、褒めてもらう。
そうすれば、各社の偉い方々は各社の現場スタッフを褒めるでしょう。
そうやって現場スタッフのみんなの評価を上げるのも、監督員の務めなんですよ。
やっぱり認められ、褒められるような仕事を残さないと、ゴキゲンにはなれませんからね。

検査開始時刻の2時間前に現場入りして、代理人さんと検査順路に沿って現場を見て回りました。
残材が残っていないか、清掃はきちんとなされているか、お見せできないようなヤバイ場所がないかどうか、チェックしていきます。
途中途中気づいたことを指示出ししていくんです。
2時間前なら対処も可能。
本番でつまらないところでケチがつかないようにね。

その結果、おかげさまで竣工検査は無事終了。
我が社の担当理事も終始笑顔でした。
最後の講評でもとてもよい評価をいただけました。
ゴキゲンそうだったんで、理事に「みんなで集合写真を撮りましょうよ」とお誘いしました。
集合写真はゴキゲンのバロメーターにもなるんですよ。
だって機嫌悪いときにみんなで写真なんか撮りたくないじゃないですか。
竣工検査でろくでもない建物になっていたとしたら、誰がそれを造った人たちと一緒に写真に写りたいと思うでしょうか。
いい仕事をしてくれたな、嬉しいな、という気持ちがあるから、一緒に写真に写ろうと思えるんです。

小宮一慶『できる社員はこうして育てる!』ダイヤモンド社¥1400-から引用します。

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社員の能力を高めようと思ったら、何よりも働くことに誇りを持てる職場とすることだ。
何も高尚な仕事をする必要はない。
職業に貴賎はないのだ。
世の中から必要とされる仕事ならすべての仕事は尊い。(73p)

尊敬される会社かどうかを見分ける簡単なテストがある。
それは、自分の子どもに「父さん(母さん)の会社に勤めたいか」と聞いてみることだ。
その際に、子どもが目を輝かせて「勤めたい」と答えたならば、あなたが勤める会社は尊敬される会社だ。それは、あなたが、家に帰っても活き活きとしており、会社で起こったいいことなどを、子どもたちに聞かせているからだ。(75p)
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家に帰ってさっそく集合写真を施工スタッフに電子メールで送りました。
それぞれの人がこの写真を家族にも見せて、自分のやった仕事を自慢してくれたらいいなーと思います。
そして近い将来、このiPS棟でいい研究成果が出て新聞に載ったら、「お父さんが作った建物でやられた研究なんだよ」なーんてゴキゲンに子どもに語ってもらいたいですね。
で、一般公開の時などに子どもや嫁さんを連れて、また我が社を訪れてほしい。
自分のした仕事を誇るためにね。

2011年2月23日水曜日

ゴキゲンこそ上司の条件

こんにちは

昨日は間もなく完成の脳神経回路遺伝学研究棟の完成図書のチェックをしました。
取扱説明書や機器完成図などの書類。
9000m2の大きな建物ですから、その書類も全部で1000ページを超えます。
スタッフと一緒にこれを過不足ないか、要領よくポイントを押さえてチェックしていきます。
途中ミスを見つけて、ちょびっとツッコミを入れたりします。
でも、厳しく言うだけじゃダメなんですよ。
ちょっと笑いを入れて突っ込む。
そうすれば、ミスをした方だってそんなに嫌な気にならない。
人間はゴキゲンでいるときが最もパフォーマンスがいいんです。
せっかくいい建物を造ってもらって、みんなゴキゲンなんですからそれをキープする。
それも監督員であるぼくの大切な仕事なんです。
人生の基礎は「読み書き計算、ボケツッコミ」なんですからねー。

先日、職場のある研究室の秘書さんからメールが届きました。
その研究室の主任がミニ講演会を開くから、聞きに来いとのこと。
なぜミニ講演会なんかするのかと思ったら、翌週に一般向けの講演を行うので、そのための予行演習だったんです。
ミニ講演を行って、口が悪くズケズケものを言う研究員たちの意見を聞き、本番をよりよい状態で迎えようというのです。
ぼくは元教師だったりするので、一般の人が聞いて分かりやすいかどうかチェックしてほしい、というお誘いも時々あるんです。

この主任は、彼の研究分野では世界的権威です。
主任の開発した機器は、世界中の研究所で使われています。
たくさんの賞ももらっている方です。
それなのに予行演習。
さすがだと思いました。
本物の偉い人は、努力を怠りませんね。

そういえば、以前東大でシンポジウムがあったとき、こちらはプロ向きの講演でしたが、その時もこの主任は登壇前に何度も何度もパワーポイントを見直していました。
常に努力していて、その姿を部下の研究員にも見せている。
だから部下たちから慕われもするのでしょう。
だから時に部下たちを怒鳴りつけても、着いてきてくれるのでしょう。

梅森浩一『ボスと上司』ちくま新書\680-を読みました。

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一体、私が働きたくない「ボス」ってどういう人なのか、興味をもたれる方もいるでしょう。
その答えは簡単です。
彼らには、私が学ぶものが何もなかったからです。
きっとこの答えを聞いて、「うん、うん」とうなずいた方も多いかと思います。
私たちがいちばん尊敬できない「上司」って、一体なんだと思いますか?
それは、その立場に到達した途端に、学ばなくなった人なんだと思います。(121p)
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なるほど、なるほど。
尊敬に値する上司って何か、すっきりわかりましたよ。
尊敬する上司の下で働きたいと思うのは、部下なら誰でも同じ。
仕事上尊敬できる上司というのは、見習うべき仕事の<技>を持っている人ということでしょう。
上司の持つその技を学ぶ(盗む)のが、部下として成長する早道です。
盗むに価する技を持っているうちは尊敬する上司ですが、盗むべき技がなくなったらどうでもいいおっさん(おばはん)に成り下がります。
最初から盗むべき技をちーっとも持たない上司もときどきいたりしますが。。。

だから、部下に盗まれても盗まれてもまだまだ技を出し続けられることが大事。
つまり、新たに技を身につけ続ける必要があるんです。
そのためにはずっと学び続けないとだめ。
いくら過去に栄光があったとしても、そこに留まっている人は底が浅いんです。
だから学び続けることが、尊敬され続けるためには必要なんです。

技も持たず、学びもしない上司からガミガミ怒鳴られても、「あ~あ、また始まったよ。自分ことは棚に上げてかっこわるいなー」って部下は心の中で毒づくわけです。
いくら怒鳴ってもそのガミガミオヤジの言うことは聞かず、思うような成果を上げてくれません。
尊敬できない人から何を言われても、不機嫌になるだけですからね。

無能な上司ほど、ガミガミ怒鳴ります。
もちろん有能な上司も時にはビシッと怒鳴ることもありますよ。
でもそれは部下が怒鳴られるようなことをしたからです。
そして、その後にちゃんとフォローがあります。
こうすればいい、あの人に会ってこい、この書類に目を通せ、など具体的に教えてくれるんです。
あるいは、上司自らが行動して問題を解決するところを見せてくれる。

もしかすると何も教えてくれないかもしれませんが、それは部下自身が自分で解決するのを期待しているから。
その場合も、部下が山を乗り越えるのをちゃんと見守ってくれているんです。
で、成功したらちゃんと褒めてくれたり、処遇してくれるんです。

ところが無能な上司は怒鳴ることしかしません。
具体的な方策を部下に示さない。
いや、示せないんです。技を持っていないから。
だから怒鳴ることしかできなくなっているんですよ。

人は不機嫌になるとパフォーマンスは落ちるんです。
闇雲に怒鳴られるだけの部下は不機嫌になります。
有能な部下は上司を無視するようになり、普通の部下は萎縮してチャレンジしなくなり、無能な部下はうつになって会社に出てこなくなる。
そんな上司を持つ部署のパフォーマンスは、どんなに怒鳴りつけたところで上がることはないのです。

自分自身もゴキゲンであり続け、部下や周りの人たちもゴキゲンにしていく。
ゴキゲンであり続けるために、学び続け、技を磨き、それを伝えていく。
そして全体のパフォーマンスを上げる。
それこそが正しい上司の行く道だと思います。

2011年2月22日火曜日

知性とは恥じらいである


こんにちは

昨日は完成間近の脳科学神経回路遺伝学棟の監督員検査。
施工スタッフと一緒に丸一日かけて各所じっくりと検査です。
ぼくは「おもしろまじめ主義」ですから、真剣に検査をすると言ってもリラックスも忘れません。
にこやかに時には冗談を言ったり、雑談をしたりもします。
こういう方が返って施工スタッフたちに必要な事項が伝わるんですよね。
カリカリと、ここがダメ、あれを直せってことばかり言ってもダメなんです。
ぼくはプラグマティスト(現実主義者)ですから、多少不真面目でもおもしろまじめを貫くんです。

この建物にはマウスなど実験動物の胚を凍結保管する部屋があります。
卵細胞を液体窒素のデュワー(Dewar=魔法瓶)に漬け込んで、凍らせて保管するのです。
卵子や精子、受精卵の初期段階は凍結保存ができるのです。

その部屋のドアに「塩素ガスボンベ室」と書いてありました。
あやー、この部屋名称、違うよ~。
塩素じゃ毒ガスでみんな死んじゃうよ~。
それにボンベじゃないよ、デュワーだよー。
そこで「ボンベは和製英語で、外国では通じない」という、数年前に特定化学物質作業主任講習を受講したときに講師の方から聞いた話を披露しました。

酸素や窒素、プロパンなど高圧ガスを保管する容器を「ボンベ」と呼びます。
ガスボンベなんて言いますよね。
ガスgasは気体という意味の英語です。
ボンベも英語だと思って、この前職場で外国から来たばかりの研究者に設備を説明するときに「ボンベ」と言いました。
我ながら流暢な発音で^^;)。
ところがまったく通じない。
それどころか、「ボムbomb(爆弾)?」なんて聞き返されてしまいました。
確かにボンベは爆弾に似てないこともないなあ。

家に帰って辞書を引いてみると、ボンベのことを英語では<シリンダーcylinder>と言うのだそうです。
エンジンのシリンダーと同じく、肉厚の中空容器は何でもかんでもシリンダーなんですね。
つまり、ボンベは英語ではないのです。
日本でしか通じない和製英語のようなんです。
ではなぜ、ボンベと呼ぶようになったのか。
やはり爆弾bombと関係あるそうです。

明治時代、日本が初めて高圧ガスを輸入したときのこと。
もちろん船便です。
船から港へと荷役人(にやくにん)たちが荷物を下ろします。
荷役人って役人じゃないですよ。
荷役(にやく)=荷物の積み卸しを仕事にする人のことです。
暴力団山口組ももともとは神戸港の荷役人たちの集まりだったように、荷役人は荒くれ男たち。
稼ぎを増やすために、結構乱暴に荷物を扱っていたんですね。

中味の詰まった高圧ガス容器は手荒に扱うと爆発します。
そのことを港の荷役人に伝えるために、輸入元の外国人担当者が「下手に扱うと爆発するぞ!」という意味で、高圧ガス容器を指さして「bomb!」と言ったらしいのです。
それが荷役人の間で、容器そのものの名前だと誤解されたまま使われるようになり、やがてはそれが世間一般にも広まった。
広まる過程で、カタカナ語になり「ボンベ」と呼ばれるようになり、日本語として定着していったのだそうです。

こんな話を施工スタッフたちにして笑いと感心をとったりしつつ、検査も楽しく終えました。
とてもいい研究棟になりました。
愉快、愉快。

で、家に帰ってから念のためボンベをインターネットで検索。
すると「ボンベ【(ドイツ)Bombe】」と出てきました。
あちゃー、ドイツ語なのかよー、がせネタだったかも~。
あはははは。
まあいいや、この機会にもっとよく調べてみようっと。

内田樹『ためらいの倫理学』冬弓舎\2000-にこうありました。

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私たちは知性を検証する場合に、ふつう「自己批判能力」を基準にする。
自分の無知、偏見、イデオロギー性、邪悪さ、そういったものを勘定に入れてものを考えることができているかどうかを物差しにして、私たちは他人の知性を計量する。
自分の博識、公正無私、正義を無謬の前提にしてものを考えている者のことを、私たちは「バカ」と呼んでいいことになっている。(32p)
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昨日、「バカと言う方がバカ」と書きましたが、他人をバカにする人は「自分は間違っていない」ということを前提にしちゃっているんですよ。
だから平気で他人を罵倒できるのです。
本当に知性のある人は常に「もしかしたら自分の方が間違っているかもしれない」という留保を持っている。
だから、他人を罵倒するなんて野蛮なことはできない。
ためらいや恥じらいがあるからね。

自分は間違っていないと思い込んでいる人には「学び」はありません。
学ばないから当然、本物のバカになっていくんです。
ソクラテスが言うように、無知の知、なんです。
自分は無知かもしれないと思う謙虚な心。
それこそが人間らしい知性なんだと思います。



この写真が脳神経回路遺伝学棟。
利根川進センター長の意見をふんだんに取り入れて、これまでの日本にはないアメリカ~ンなステキな研究棟になりましたよー。

2011年2月21日月曜日

バカと言う方がバカ


こんにちは

息子がしょげて幼稚園から帰ってきました。
どうしてかなーと思ったら、お友だちから「そんなことも知らないの?バカ」と言われたらしい。
確かに我が家はほとんどテレビを見ませんから、他の子の話題についていけないのかも。
他の子が常識的に知っていること、まあ仮面ライダーとかゴレンジャー(古い?)のこととか、うちの子は知りませんからねー。
時々、話が合わないこともあるでしょう。

ぼくは息子にこう言いました。

 あのね、人にバカと言う人の方がバカなんだよ。
 君には知らないことがあったかもしれない。
 でも他のことはみんなよりよく知っているでしょ。
 だから全然バカじゃない。
 バカと言われても気にしなくていいんだよ。
 同じように、君も友だちのことをバカと言ってはいけないよ。
 バカと言う方がバカなんだからね。

近年、脳科学の研究はものすごく進みました。
人に対する実験ができるようになったからです。
脳を解剖して電極を刺すなんて、人に対してはできません。
fMRI(ファンクショナルMRI)とか光トポグラフィーなんて装置があります。
これらの装置を使うと、傷つけることなく、数mmの分解能で脳のどの部分が働いているかわかるようになってきたんです。

こんな研究があります(池谷裕二/木村俊介『ゆらぐ脳』文藝春秋¥1238-、97p)。
ビデオゲームをやりながら脳を計測します。
このゲームは迷宮を探検しながら進むロールプレイゲームですが、そこには知能を持った邪悪な敵が徘徊しているのです。
邪悪な敵をかわしつつ、敵と戦ったりしてゴール目指して進むゲームです。

実験によると、敵までの距離によって活性化する脳部位が異なることがわかりました。
敵が遠いところにいるうちは、主に前頭葉が活性化します。
前頭葉は理性を司る部位です。
敵が近くにいない間は、理性的に敵を避けるようなゲームの進め方をします。
ところが、敵が目前に来てしまうと前頭葉の活動は静まってしまいます。
その代わり、中脳の奥にあるPAGという部分が活動を始めます。
ゲームをしている人は、やみくもに敵と戦うようになります。
あるいは、敵から逃げようとして、行き止まりの道に迷い込んだりして、返って敵にやられてしまう。
つまり、理性的な判断ができなくなってしまうんです。

PAGはパニック障害の患者さんの脳で、いつも活性化していることが知られている部位です。
つまり、敵が目前に来ると、人の脳はパニックに陥るんですね。
パニックに陥ると、やみくもに戦ったり、無思慮に逃げたりする。
理性的な行動ができなくなるのです。
それが人の脳の性質なんです。

「戦」という漢字は、戦う(たたかう)という読み方と、戦く(おののく)という読み方があります。
パニックに陥ると、やみくもに戦ったり、わけも分からず恐れ戦いたりします。
脳科学的にみても、戦うと戦くは非常に近い状態なんですね。
同じ漢字を戦うと戦くにあてるなんて、昔の人も脳のことがよく分かっていたのかもしれません。
相手に対して恐怖を感じるから、恐れおののき、過剰に戦ってしまう。
だから戦うという行為は、決して合理的でも勇気ある行為ではなく、恐怖の裏返しなのかもしれませんね。

森博嗣『小説家という職業』集英社新書¥700-にこうありました。

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ところで、人間というのは、自分が弱い部位を、相手に向かったときも攻める傾向がある。
自分が言われたら腹がたつ言葉を、相手を攻撃するときに使う。
その言葉にダメージを与える効果があると感じているからだ。
したがって、悪口を言ったり、苛めたりする人間は、自分が悪口を言われたり、苛められたりすることを極度に恐れている。
苛める方も、苛められて傷つく方も、この点で共通している。
苛められても気にしない人は、人を苛めない。
悪口を言わない人間は、悪口を言われても腹が立たないのである。(87p)
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なるほど、なるほど。
人のことをバカという子は、実は自分のことを(深層心理では)バカと規定している。
バカだと言われることを恐れているんですね。
そこに自分より優秀な人間が現れる。
すると自分がバカであることが露呈する危険が迫っていると脳は感じてしまう。
PAGが活性化し、理性的に行動できなくなる。
パニックに陥り、相手のことをバカにするような言動をとってしまうのです。

誰かのことをバカにして、いいことなんかまるでありません。
相手から嫌われ、疎まれ、自分の品格を落とす。
何度も繰り返していけば、誰も相手にしなくなり、孤立してしまう。
理性的に考えたら、損な行為であることは間違いありません。

ぼくも子どもの頃、両親や先生から「バカと言う方がバカ」と何度となく言われました。
これってホント真理なんですね。
自尊心、自負心のある人は、人をバカにしたりしません。
当然、誰かからバカと言われても気にしないでいられるのです。
だって、自分がバカじゃないことは分かっているんですから。

よく学び、よい行動をとり、誰かの役に立ち、感謝される。
自尊心、自負心を自分で育てていく。
そういう人生を造っていきたい。
我が子たちにも伝えていきたいことです。


神戸スパコン棟のお隣に、神戸市の外郭財団が建てた計算センター棟が完成しました。
今、両棟を接続する渡り廊下を建設中です。
誰に何と言われようと、いい仕事を続けていきたいと思います!

ぼくはなぜ生まれてきたの?


こんにちは

夕べ子どもたちとお風呂に入っているとき。
溌貴君がこんなことを言いました。

 ねえ、お父さん
 ぼくはどうして生まれてきたの?

おやおや、どこでそんなフレーズを覚えてきたのかね。
ずいぶんと哲学的な質問だな。
ぼくはとっさにこう答えました。

 みんなをハッピーにするためだよ

我ながらなかなかグッドなアンサーでしょ。
溌貴君はにっこりして、「ぼくが生まれたからお父さんも、お母さんも、おじいちゃまも、おばあちゃまも幸せになったんだよね」だって。
確かに、確かに。
子どもは宝ですなー。
ぼくらを幸せにするだけじゃなく、世のため人のため、多くの人にハッピーを運んでくる、そんな人生にしてほしいですね。

続けて溌貴君はとしきくんへも、「とんたんはどうして生まれてきたの?」と聞きます。
としきくんは、

 おかあさんと結婚するためー

だって。
いやあ、さすがお母さん子のとしきくん、晶ちゃんが聞いたら泣きますよー。
いつまでそう言ってくれるかなー。
あははははは。

2011年2月18日金曜日

安物買いの銭失い


こんにちは

出張中、爪が伸びていたのに気づきました。
ぼくは子供の頃アトピーだったので、今もかなりの乾燥肌。
かゆくて無意識にひっかくこともある。
爪が伸びていると皮膚を切り裂いて流血させてしまう。
なので、いつも爪はきれいに切っておく必要があるのです。

出張中だったのでもちろん爪切りは持っていませんでした。
でもどうしてもすぐ切りたい。
爪切りを買おうと思った。
たまたま出張先の駅前に100円ショップがありました。
1回使うだけだから、100円のもので十分だと思いました。

100円ショップで爪切りを買い、さっそく駅のホームで爪を切る。
ところがうまく切れないんです。
細かなコントロールが効かないので、爪の端が残ってしまう。
おまけに刃に力がうまく伝わらず、切りにくいったらない。
だんだんイライラしてきました。
しまいにはとうとう肉を切ってしまい、血がにじむ。
イテテテテ。。。

やっぱり100円ショップの爪切りではダメでした。
全部の指を切り終える前に、この安物爪切りを使い続けることは不可能だと判断。
ふたたびスーパーに行き、ちゃんとしたものを買いました。
450円でした。
今度は快適、とてもスムーズに切れます。
最初からこれを買えばよかったよ。
安く上げようと思ったのに、かえって無駄遣いになってしまいました。
とほほほ。。。

『40歳の教科書』講談社¥838-似鳥昭雄(ニトリ社長)「本当の豊かさは安さで実現される」にこうありました。

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ものごとの価値は「価格」と「品質」のバランスによって決まります。
価格を大幅に上回るだけの品質があれば、その商品には「価値がある」と見なされる。
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ただ金額が安いだけじゃ、人は価値を認められないんですね。
絶対額じゃないんです。
安いものでも品質が粗悪じゃだめなんです。
たとえ金額は高めでも、品質と比べてオトク感があるかどうかなんですね。
でもねー、よのなかには安さしか売れるもののない会社というのも多々あるんですよ。
逆に言えば、品質という観点のない会社は安さしか売るものがなくなってしまうんです。
でもそれじゃあお客さんは結局離れていってしまいます。

モノの値段というのは「1/3の法則」というのがあって、だいたいこんな割合になっているのです。

 1/3が原材料費、
 1/3がそのモノを作るために必要な直接的な人件費、
 残り1/3が間接費や利益

これはほとんどすべてのモノに当てはまる法則です。
たとえばマクドナルドのハンバーガーでも、値段の1/3はパテやパンにかかる金額で、1/3は店員さんたちの給料、残り1/3がお店の家賃や光熱費、本社費用と利益なんです。

ぼくの本業の電気工事でも同じようなことが言えます。
たとえば分電盤の値段を見積もるとき、ぼくはこんなふうにやっています。
分電盤に必要な材料費、ブレーカーや金属箱、内部配線の値段をざっくり見積もります。
個々の材料費はカタログやWebで調べられますし、ぼくは長年こんなことをやっているのでだいたいの単価は記憶しています。
で、材料費合計を3倍すればほぼ適正価をはじけるんです。

先日もある工事を発注しました。
変電所から幹線を配線し、分電盤を設置する工事です。
この分電盤の価格は、ぼくの概算では350万円くらいが適正なものでした。
発注前には予定価格を立てますが、ぼくの概算を正式な資料として採用はできません。
なので盤製作メーカー数社から見積を取ります。
この見積と、ぼくの弾いた概算額や市場価格を勘案して、見積額を査定するわけです。
この盤に対するあるメーカーさんの見積書には、なんと1200万円と記載されていました。
うわー、ベンツが買えちゃう値段だぜー。
絶対こんなわけありませんよ。
やっぱり契約額は適正価である350万円程度になるはずなんです。

入札が終わりました。
予定価格よりかなり安い金額での落札でした。
落札した電気工事業者さんの札には、見積内訳書が添付されています。
これを見ると、ケーブル配線費用などはほぼ適正でしたが、分電盤の値段がすごく安い。
そこには200万円と記載がされていました。ぼくの概算額の2/3以下です。
だから合計した工事費を安く入札できたんです。
落札業者さんに「ホントに設計図に記載された仕様と品質で作っていただけますか」と聞きました。
まあ当然「はい」と言いますよ。
不安を抱えながらも、この落札業者さんに発注することになりました。

大規模工事なら工場出荷前に工場立会検査を実施して納品してもらいますが、小規模な工事だったので分電盤は製作後、直接現場に搬入されてきました。
もちろん事前に製作図を提出してもらい、そのチェックもします。
が、図面にはすべての事項を記載できるものでもなく、当然満たすべき暗黙の了解事項は記載されないのが普通です。
たとえば、電気設備技術基準という経済産業省令に記載されているものまで、製作図には書いてない。
法令準拠はあたりまえのことだからです。
で、搬入されてきた分電盤をチェックすると「なんだこれ?!」。
想定される電流値に対して許容電流値のが満たさない細い電線が使われていたんです。
こんなんじゃ場合によっては過熱、出火してしまいます。
電気設備技術基準に適合していないのは明白です。
ぼくは直ちに是正を指示しました。

適正価の2/3ですから、いくら経費削減、コストカットに努めても無理が出ます。
どこかでこの無理を吸収しないとならない。
そこでつまんない部分でケチってしまったんでしょう。
でもそれでいいのでしょうか。
結局、是正させられて二度手間になってしまい、コストもかかり、元請け電気業者さんにも恥をかかせ、発注者にも悪い印象を残す。
万一、不適合が発見されずこのまま使われて火災にでもなったらどうするつもりだったんでしょうか。
まったく割りに合わない損なことだと思うんですがねー。

この盤を製作したメーカーは、1200万円の見積をしたメーカーでした。
それを200万円で受注したんですね。
見積価の1/6です。
こういう見積をするメーカーさんの心理が透けて見えますよ。
品質で勝負できないから、価格で勝負してるんです。
とにかく安けりゃ客は納得するだろう、と安易に考えているに違いありません。
安さを強調するために、見積価格を釣り上げ、値引き率を大きく見せかけているんだと思うのです。
せこいよねえ。
こんなの意味のある仕事なのかなーって、ぼくは思いますよ。

ニトリ社長はこうも言っています。

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だから、子どもが自分のおこづかいを使うときも、価格と品質を天秤にかけて、本当の価値を考える習慣を身につけてほしいですね。
これは自分の身を守る上でも、大切な心がけになります。
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さすが「お値段以上、ニトリ」ですね。
ぼくもわが子たちに「値段だけに騙されないように」ということは、強く教えていきたいですね。
値段はそのモノの価値を表すものだ、価値のないものはいくら安くたって高いものになってしまう。
高くたってそのねだん以上の価値を持つものならは、人は「安い」と喜んで買ってくれる。
モノだけじゃなく、人だって同じだ。
価値のある人間なら、高い給料を払ってくれる、高く買ってくれるんだってね。



写真は完成間近の神戸研iPS研究棟。
今日、完成前の監督員検査をしてきました。
お値段以上の施設ができたと自負しています!