2008年10月29日水曜日

大人も明るく正直に

こんにちは
 
昨日、この夏に受検した第1種放射線主任者国家試験の発表がありました。
見事合格!!やったー!!
官報に氏名まで記載されていました。
それほど価値のある資格だって事ですね。
何歳になっても合格は嬉しい。
努力が実るのは気分いいですよ。
 
自己採点ではギリギリの点数でした。
特に放射線物理学がボーダー。あと1問で合格か不合格か分かれるところ。
幸いなことに物理学の試験問題に1問不備があって、その問題は受験者全員を正解扱いにしてくれた。
そのおかげで合格ラインを乗り越えたって感じです。
運がいい!運も実力のうち!
 
昼休みに30分間、職場の友だちと勉強会を続けてきました。
一緒に勉強してくれた仲間に感謝です。
また職場の放射線主任者の仕事をしていて、RI協会の講師も務めている方から、アドバイスをもらったり、資料をもらったりもしました。
職場の放射線管理の仕事をしている方たちからも、おめでとうと言っていただきました。
感謝、感謝です。
 
これでぼくの実力も1段上がりましたかー。
ぼくの仕事でも放射線を取り扱う施設を造ることがあります。
その仕事にも役立てていけそうです。
この分野の専門家の人とも対等にハッタリかませるようになりたいですねー。
 
安保徹『疲れをためない生き方』幸福の科学出版¥1300-にこう書いてありました。
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子供にアレルギーが発生した場合の対処法は、2つあります。

1 まず、子供にかかる家庭のストレスを軽くしてあげてください。
2 次に、精神や体を鍛えたり、乾布摩擦をしたり、
  太陽の光を浴びたりするなどして、徐々に、子供の副交感神経が
  過剰優位になった体質を改めてあげることです。

こどものストレスを解消するには、親自身が仕事量を減らすか能力を上げて休息を取るなど、疲れをためないことも大切です。(65p)
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子どものストレス源の最たるものは、親の言動なんですよね。
親がイライラカリカリしていて余裕がなくなると、子どもに優しくできなくなります。
それが子どものストレスになり、アレルギーをより強くしたりするんですね。
だから親は常に余裕を持つようにしなくちゃいい子育てはできないんだと思います。
昨日のゴミメールで「子どもは明るく正直に」と書きました。
大人だって明るく正直に生きる方がいいです。
明るく正直に生きられれば、心と体に余裕が生まれ、子どもや家族、他の人たちに優しくなれます。
安保さんの言うように「能力を上げる」のも、そのための手段だと思います。
 
実力がないとやっぱり効率が悪いので、その分を時間でカバーするしかなくなります。
残業が多くなり、体は疲れていきます。
疲れれば心に余裕がなくなり、子どもにも優しく接することができなくなる。
それが子どものストレス源になってしまうのです。
 
実力がなく、時間にも追われるようになると、嘘やごまかしをする誘惑にもかられます。
嘘やごまかしをしてしまうと、それが脳のワーキングメモリを占拠するようにもなってしまいます。
まともに考えられなくなり、仕事はたまり、悩みは増え、安眠できなくなってしまいます。
それがまた子どもへと伝わるんです。
 
能力を上げ、仕事効率をよくし、成果も生み出しつつ早めに帰宅する。
家族との団らんも楽しめ、夜も心おきなくぐっすり眠る。
朝も目覚まし時計に強制的に起こされるのではなく、自然に目が覚める。
そして体調万全でまた出勤する。
そうありたいと思っています。
 
そのためにもっともっと実力を上げていかなくちゃって。
さて、次は何の勉強に挑戦しようかなー。

2008年10月28日火曜日

子どもは明るく正直に

こんにちは
 
昔、すぐごまかしたり嘘をついたりする部下がいました。
でもすぐばれる。
だって、嘘をついたことを忘れちゃってるんですから。
まるで子どもみたい。
その意味で、かわいげのある人でもありましたね。
 
その部下にぼくは「嘘は一つだけにしておきなさい」なんて言ったこともあります。
嘘もちゃんと覚えておかないと、ちょっとしたところでほころびが出ちゃいます。
一つくらいならちゃんと覚えておけるからね。
大人にもなれば「嘘も方便」ってこともありますけど。
 
最新の脳科学で、人間の脳はメモリーベイスドアーキテクチャ(記憶を基にした構造)であることが分かってきました。
記憶したことを複数組み合わせたり、操作したりして思考している。
組み合わせたり操作したりする場所は、脳の前頭前野にあるワーキングメモリ。
ワーキングメモリに記憶したことを呼び出して、考えているんです。
 
ところがこのワーキングメモリはとても容量が少ない。
大人でも7つくらいしかないことが、研究の結果分かっています。
この7つのメモリを使い切ってしまうと、何も考えられなくなってしまうのです。
ワーキングメモリに空きがあるほど、クリアな思考ができるのです。
 
で、嘘やごまかしをばれないようにするためには、常にそのことを意識しておかなくてはなりません。
常に意識に乗せておく場所が、このワーキングメモリなのです。
嘘やごまかしをすると、ワーキングメモリを消費してしまいます。
しかも最大7つまでしか記憶できない。
しかもしかも、ワーキングメモリが満杯になると、思考が停滞しますから、より嘘ごまかしはばれやすくなる。
なので、大人でも嘘はせいぜい一つまでというのが、理にかなっているわけなんです。
 
悩みや悲しみもこのワーキングメモリに常駐しがちです。
だから悩みが多いとまともに考えられなくなるのです。
悩みがたくさんあるときは、以前紹介したようにそれらを紙に書き出すなどして「脳出し」することによって、ワーキングメモリに空きをつくるといい。
一つずつでも悩みを解決していくことによって、脳はクリアになっていき、悩みから解放されるわけです。
 
さて、これも最新の脳科学で子どもの脳についても研究が進んでいます。
子どもの脳にも当然ながらワーキングメモリがありますが、その数は大人より少ないことが分かりました。
幼児など、2つ、3つしかないのです。
ワーキングメモリの数が少ないから、子どもは複雑な思考ができないのです。
 
複雑な思考ができないだけではありません。
子どもの嘘はすぐばれますが、これもワーキングメモリがすくないためです。
嘘をメモリに常に保持していることができないのです。
常に保持させると、残りのメモリがなくなって何も考えられなくなってしまうからです。
だから、子どもは嘘をついてはいけないのです。
子どもに嘘をつかせるような状況を大人が作ると、子どもの思考は停止してしまうのです。
だから、子どもの嘘は脳へのダメージが大きいのです。
 
悩みも同じです。
子どもが悩むと、それがすぐワーキングメモリを満杯にしてしまいます。
メモリに空きがなければ考えることができません。
考えない、すなわち脳を使わなくなるので、脳の発達を阻害します。
脳は使わなければ萎縮してしまいます。
だから子どもの悩みは、回復不能なほど脳にダメージを与えてしまうのです。
子どもの頃の激しいいじめがよくないのは、このことでも分かります。
 
昔から、子どもは明るく正直に育てよ、と言われてきました。
これにはちゃんと意味があるんです。
明るく正直に育てば、脳はスクスクと発達するのです。
子どもが明るく正直に育つよう、大人は環境を整えていかなくちゃいけないんですね。

2008年10月23日木曜日

やりたいことができる年齢

こんにちは
 
XFEL建屋建設工事もあと半年あまりで完成します。
若い代理人さんもプロとしての実力をつけてきて、段取りがよく、ヌケが少なくなってきました。
検討したり打ち合わせることもなくなり、あとは現場での取り合いの問題くらい。
工事費の精算もほぼ完了。
これからは工事現場をよく歩き回って、施工が確実になされているか確認するだけがぼくの仕事。
あーラクになったなー。
これもこれまでぼくがガミガミ言い続けてきた成果でしょうか。
なんちゃって。
 
スパコンの外観デザインも芸大の先生などにアドバイスをもらいながら、満足のいくものになってきました。
今週火曜日に文化担当理事へプレゼンしました。
理事にも誉められて、ホッとしました。
このデザインもそろそろきちんと決めないと、施工工程に追いつかなくなる時期でした。
多少まだ検討すべき宿題も理事から指示されましたが、大枠では了解をもらえたので、工程にも支障なく進めることができます。
あーラクになったなー。
これも設計者やスタッフの皆さんのおかげです。
よかったよかった。
 
こうしてぼくの「余裕」が増えました。
余裕があると安定運転ができます。
無理しないので、心も体も健康でいられる。
するといい仕事もできる。
好循環です。
そしてこの余裕を使って、新たな仕事にもチャレンジできます。
と思っていたら今週、他分所の課長さんからこんなメールが入りました。
 
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奥泉部長様

当研究所の特高受変電所の建設は、補正予算の成立待ちの
状態です。
和光の施設部と直接関わりを持って工事を行っていく必要は
なさそうですが、やはり当研究所の電気工事としては、大規模なもの
になりますので、関口さんの助言等は是非頂きたいという希望は
あります。
(関口さんは、播磨研などの特高受変電所の建設に携わって
こられたと聞いておりますので)
下記の「支援」とはそういうことですので、よろしくお願いいたします。

 > 当研究所も補正予算で、懸案の特高受変電所の建設が
 >スタートする予定です。こちらのご支援のほどもよろしくお願い
 >いたします。
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嬉しいですねー。
名指しでのご指名です。
がんばらなくちゃね。

山田咲道『バカ社長論』日経プレミア¥850-にこうありました。

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私のことを言えば、独立して10年以上経過しないと、責任のある大きな仕事は依頼されません。
実績や社会的ポジションなどがあって、はじめて大きな仕事を依頼されます。
50才から60才ぐらいにならないと、本当にやりたいこと(規模と夢の実現)はできないでしょう。
現在(若いうち)は、「やれること(目の前にある仕事)」と「やるべきこと(理念や体制づくり、社会貢献)」をきちんと行い、地盤固めをしていく時期だと考えています。(56p)
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ぼくも四捨五入で50歳という年齢になってしまいましたが、40代も後半になってから面白い仕事がガンガンやれるようになってきました。
もしかするとこれから50代になると、ますます大きな仕事ができるようになるのかもしれません。
ぼくがやりたいこと、主張することが通用するようにもなるのかも。
楽しみですねー。
大きな仕事がやってきたとき、それをドンと受け止められるように、先ずは今やっている目の前の仕事を一生懸命やり、自分の中の余裕率を大きくしていきたいと思っています。

2008年10月22日水曜日

子どもは偏食

こんにちは

我が子はっちゃんはとっても偏食。
野菜はもちろん、肉は食べないし、魚もダメ。
ご飯とウインナーと果物くらいしか食べないんです。
幼稚園の給食もご飯しか食べていないみたい。
ま、元気なんだからそれでもいいかって思っています。

友だちのお子さんが偏食で困っています。
いやなに、偏食自体に困っているわけじゃなくて、給食で食べられないものが出たとき、先生に食べるまで解放してもらえないので困っているのだそうです。
時には放課後まで残されることもあるとか。。。
確かに食わず嫌いということもあるでしょうが、嫌々食べて偏食って直るのでしょうか?
嫌々食べたら益々それが嫌いになるのが、ものの道理ってもんだと思います。

ちょっと免疫の話をします。
ぼくたち人間の体は免役によって病原菌やウイルスなどから守られています。
この免疫力はすべての動物にあるかというと、そうではありません。
魚(硬骨魚類)より高等に進化した動物にしか免疫力はないのです。
サメ(軟骨魚類)や軟体動物、昆虫などには免役はないのです。
なぜ魚以上に進化した動物には免疫力が備わったのでしょうか。

生物は魚に進化してから急速にその生活圏が広がり、またそれぞれの環境に適した形に進化していきました。
これを進化論では「適応放散」と言います。
適応放散するためには、いろいろなエサを食べる必要があります。
いろいろなものをたくさん食べてたくさん子孫を増やせるようになったから、適応放散ができるようになったのです。

魚以前の進化段階にいる生物は、非常に狭い範囲にしか住めず、いつもいつも同じエサを食べています。
たとえばナマコは浅い海の砂地にしか住んでおらず、一生砂に着いたバクテリアばかりを食べて生きています。

それに比べて魚はいろいろなの種類のエサを食べるように進化しました。
そのことによって、すぐ目の前にある食えそうな物はなんでも食べるようになった。
そこにあるエサを食べればいいので、どこにでも住むことができるようになりました。
ところが、何でも食べられると言うことにはリスクも伴います。
エサというのは基本的に他の生物です。
毒を持っているかもしれませんし、食べることを通じて寄生されてしまうかもしまいません。
そういったリスクに対抗するために、免疫も進化したのです。
どんなエサを食べても自分の栄養にできるように、免疫も進化してきたのです。

ところで赤ちゃんは母乳しか飲みません。
母乳ばかり飲んでいる赤ちゃんは、別に偏食でもないし、栄養不良になるわけでもありません。
母乳の代わりにミルクは飲めますが、母乳より吸収効率が悪いそうです。
母乳しか飲まない赤ちゃんは、究極の偏食ですね。

赤ちゃんが少し成長し、1歳を過ぎる頃から離乳食を食べはじめます。
大人は野菜もたくさん食べないと体の調子が悪くなります。
だからといって赤ちゃんにも野菜を食べさせようとしたりします。
すりつぶしたりして、スプーンで口の中につっこむ。
でもあまり早い時期に植物性のもの、たとえばほうれん草やニンジンを与えても、赤ちゃんの体の側に植物性のものを消化吸収できる準備ができていないのです。
たとえすりつぶしてあったものでも、下痢してしまってそのまま出てきてしまいます。
赤ちゃんの離乳食としては、あまり消化が必要ない炭水化物や動物性のものの方が適しているのです。

生物学者エルンストヘッケルは「個体発生は系統発生をくり返す」と言いました。
赤ちゃんが胎児から育ってくる時には進化の道筋をもう一度なぞってくる、という意味です。
確かに妊娠初期の赤ちゃんは、最初魚のようであり、動物のようになってだんだん人間らしくなってきます。
姿形と同様に、免疫など体のシステムも進化をなぞるように徐々に完成していきます。
だから赤ちゃんが食べられるものは、母乳->炭水化物や動物性の離乳食->植物性の離乳食というぐあいに、だんだんとバリエーションが広くなってきます。

そう考えると、子どもの偏食も理解できるのではないでしょうか。
子どもがあるものが食べられないのは、まだそのものを消化できるだけの準備が体に出来上がっていないから。
それを食べないと栄養不良になるというなら無理にでも食べさせる意義はあるでしょうが、そうではないなら別に食べなくても困ることはありません。
もしそれを食べないと栄養不良になってしまうとしたら、それは偏食の問題ではなく、医療の問題になると思います。
赤ちゃんに母乳ばっかり飲んでちゃダメ、とは言わないのと同じに、子どもの多少の偏食はもっと大らかに考えていいんじゃないでしょうか。

ぼく自身の経験でも、小学3年生くらいまではトマトとかキュウリとかは苦手でした。
給食で出ても絶対に残していました。
ところが4年生になる頃、急に食べられるようになったんです。
給食の他の食べ物を食べてもまだお腹が空いていた。
じゃあトマトも食べようかなと思って食べたら、美味かったんです。
あんなに嫌いだったのに美味いと感じるのはどうしてなのか不思議でした。
きっとそれは、ぼくの体がトマトやキュウリも十分消化できるだけ成長したからなんだと思います。

そんな経験をしていたので、ぼくが教員だった時には偏食の子に給食を無理強いはしませんでした。
まだ進化の途中なんだと思っていました。
そのうち食べるようになるだろう、と思っていました。
元気なら問題なし、なんです。

でもちょっとは食べてみて欲しいという気持ちもありました。
食わず嫌いならちょっと挑戦して欲しい。
なので、ほんのちょっと、小さじ1ハイくらいよそってあげました。
嫌いなものがたくさんあったら「うげ~」ですが、ちょびっとだったら一口食べてみようという気になるかもしれません。
ちょびっとでも食べられれば自信にもなります。
あんがい美味しいことが分かるかもしれません。
それに、たくさん残して残飯にするのも心理的負担になりますよね。
ちょびっと残すだけなら、罪悪感も少ない。
その子が食べない分は、もっと食べたい子が食べればいい。

というわけで、我が子はっちゃんも順調に元気にスクスク育っているので、偏食はあまり気にしていません。
食べられないおかずは「食べてみる?」と聞いてみることは必ずしますけどね。
でもたいてい「いらなーい」なんですけど。。。
 
免疫の進化については、谷口克『免疫、その驚異のメカニズム』ウエッジ選書\1200-にありました。

2008年10月21日火曜日

長男はひ弱?

こんにちは

ぼくは「長男(長子)」なのですが、いまひとつ丈夫ではありません。
ぼくが教員をやっていた頃の観察でも、長男、長子はひ弱な子が多かったように思います。
どうしてなんでしょうか。

生物というものは、ある面<物質の濃縮機関>です。
たとえば、ふぐの毒。
この毒はふぐ自身が作っているわけではなく、ふぐが食べ物にしているものの中にほんのわずかに含まれている物質(テトロドトキシン)を体内に貯めていくのです。
つまりそれは、ふぐがテトロドドキシンの濃縮を行っているということです。
植物は、空気中の二酸化炭素を光合成によって炭素だけ取り出して、糖分として蓄えます。
つまりそれは、植物は炭素の濃縮機関だということです。

いいことばかりではありません。
水俣病は、工場から排水されたメチル水銀が魚介類で濃縮され、それを食べた人間の神経を侵す病気です。
魚介類が海水に混ざり込んだメチル水銀を、毒性を示すまで濃縮したのです。

イルカは、お母さんイルカが最初に産む子どもはたいてい早く死んでしまうそうです。
それは、お母さんイルカが育ってきた期間に体内に蓄積された<毒>を、胎児を通じて排出するという意味もあるからだそうです。
そのため、最初に産まれたイルカの赤ちゃんはあまり丈夫ではなく、早死にしてしまう。
でも、毒の抜けたお母さんイルカはより健康になることができ、2番目からは丈夫な赤ちゃんを産むことができるというわけです。
イルカに限らず、自然界に住むほ乳類は、最初の赤ちゃんは流産、死産だったり、生まれてもすぐ死んでしまうことが多いそうです。

イルカの場合と同じようなメカニズムが、人間にも働いているのではないでしょうか。
たしかに、赤ちゃんを産んだお母さんはものすごく健康になるように思います。
その分、長男、長子はひ弱になってしまう、というわけです。

実は我が家も長男はっちゃんが生まれる前、流産しています。
結婚して長く子どもに恵まれなくてようやく授かった子だったので、流産したときは悲しかったです。
でも今考えると、ちゃんとその役割をしてくれたのかなーって思っています。
その後生まれた長男には、元気溌剌に育ってほしいと願って「溌貴」と名づけました。
おかげさまではっちゃんは元気元気に育っていますよ!


イルカの第1子が早く死んでしまうということは、いつ誰に聞いたか忘れちゃったのですが、渋谷電力館での科学ゼミナールで聞いた話です。

2008年10月20日月曜日

当たり前のことをバカにしないでちゃんとやる

こんにちは
 
今年も職場で開催された「電気取扱安全講習」の講師を務めさせてもらいました。
この講習は労働安全衛生法で定められた講習で、研究者自らが実験盤に電線を接続する場合など、安全確実に作業できるようにするためのもの。
労働災害の防止ですね。
 
毎年の講習でぼくが必ず話すことは、
 
 安全のABC理論
 
というものです。
ABCとは、
 
 A 当たり前のことを
 B バカにしないで
 C ちゃんとやる
 
ということです。
 
事故は、自己流、無手勝流から発生するものです。
こうした方が合理的、という自己流が事故を招きます。
人間というのは自分にうぬぼれていますから、決められた作業よりちょっといい考えを思いつくと、そっちをやってみたくなっちゃうんですよね。
決められた作業方法が面倒くさく、馬鹿馬鹿しいやり方に思えてしまう。
 
ところが、たいていの場合それが仇となって事故を生み出すのです。
決められた作業方法には、ちょっと不合理に思えても、そのやり方はこれまでの失敗、事故から得られた教訓が盛り込まれている。
急がば回れ、ではありませんが、その方が安全なんです。
ちょびっと作業方法を合理化して事故になるより、手間がかかっても安全に作業を進めた方が、長い目で見ると仕事は早く終わり、合理的なんです。
 
労働安全衛生法施行規則という法令には、こうした安全に関するマニュアルが詰まっています。
たとえば、脚立の天板には乗るな、なんてことまでこの法令には書いてあります。
脚立の一番上に乗ると確かに危険。
人間は仕事で必要なら、あるいは上司、先輩から命令されれば、危険な作業もしてしまうものなんです。
労働安全衛生法という法令は、労働者自らが危険作業をしないようにするためだけでなく、上司、先輩など使用者側が危険作業を労働者にさせないためのものでもあるのです。
それを防ぐ。
マニュアルを遵守すれば、まず事故は起きないのです。
 
電気取扱安全講習も、こうした安全のためのマニュアルを「知らせる」目的で行うものだと思っています。
マニュアルがあることを知っていれば、自己流、自己判断をしなくてすみます。
ある作業をするとき、何となく危ないなと思ったら、マニュアルを確認する。
そうしてもらえれば、確実に安全は担保されるんだと思うのです。
知らなきゃ、やっちゃいますからね。
 
ぼくのメインの仕事、工事監督にもマニュアルが存在します。
国土交通省でまとめた、「共通仕様書」や「施工監理指針」です。
分厚い本なので、全体を通読したことはありませんが、必要な都度その部分を読むようにしています。
たとえば、工場出荷前検査に立ち会うときは、出荷前にはどんな検査があるのか調べます。
これらの本にはちゃんとそれが書いてあるからです。
 
ぼくは意外とマニュアル主義者なんです。
マニュアルには過去の経験と知恵が詰まっています。
それは失敗の歴史です。
それを学んでおくことは、失敗を防ぎ、未来の確実性をより高めます。
あまりにマニュアルに拘泥するのもいけませんが、無視するのはもっとよくない。
無知と無視は紙一重で、不勉強による無知は無視と同じです。
マニュアルを知っていて、それを現実に合わせてアレンジできるのが、技術者の実力だと思うのです。

2008年10月15日水曜日

小役人攻略法

こんにちは

こんなタイトルで書くと、関口は役人をバカにしているのか、と思われるかもしれませんが違います。
ぼく自身、独立行政法人職員です。
独立行政法人とは、政府とは独立して行政を行う機関です。
行政とは、法律を執行すること。
法律を執行する担当者、イコール役人です。
ですから、ぼくも役人のひとり、ということになります。
だから、役人の気持ちも分かります。

スパコンの建設状況をホームページで知らせるため、ライブカメラを設置することになりました。
建設する建物の高さから考えて、20m以上のポールの上にカメラを乗せたい。
なるべくコストをかけないですむように、既製品の電柱を使うことにしました。

ところが、高さ14mを超えるコンクリート柱は建築基準法では「工作物」となってしまい、これを立てるためには一般の建物と同じく建築確認申請をし、許可をもらわないとなりません。
そんなことになったら、申請図を作成したり、構造計算をしたり、手続きをとったりして、いったいいつになったら柱を立てられるかわからなくなってしまいます。
こりゃ困った。

でも、既製品の電柱です。
既製品ですから、電柱として立てるには何ら問題のない製品です。
電線を支持する電柱は、建築基準法ではなく電気事業法に従って立てます。
もちろん今回の20m電柱も、電気事業法で定められた施工法で立てるわけですから、絶対に倒れる心配はない。
なので、この電柱は建築基準法のコンクリート柱ではなく、電気事業法の電柱だと認めてくれれば、建築確認申請は不要になります。

また、建築基準法にも緩和規定があります。
工事用の仮説物であれば、建築確認申請は不要という条文を見つけました。
なので、この電柱も工事用の仮説物だと認めてくれれば、建築確認なしに立てることができるわけです。

施工者さんに、万が一倒れても近隣住民や一般の通行人に被害は及ばない場所であることを示すために、どこに立てるのか配置図を作ってもらいました。
また、万が一でも倒れないことを示すために、電気事業法で定められた施工法も図面にしてもらいました。

ここまで予習をして、市役所建築安全課に相談に行きました。
安全課の技官の方に、なぜ20mもの電柱を立てたいのか、その目的を説明しました。
これをやる意義を伝えたんです。
その上で、図面を示し、電気事業法の電柱として、あるいは建築基準法の緩和規定として見なせるか、判断を仰ぎました。
その結果、電線が張っていないので電柱としては認められないが、工事用の仮説物としては認めていただくことができたんです。
やったー!

行政マンの役割は、法令を守ることです。
法令に違反することは絶対にできません。
でも、法令にも解釈や裁量の部分もあって、それは担当技官の判断に任されています。
行政との交渉は、この解釈や裁量を認めてもらうことなんです。
そのために、担当行政官がその解釈や裁量を認めやすい状況を作ることです。
 
どんな仕事でもそうですが、要は
 
 相手に安心してもらう
 
ことです。
行政官だってすべての法令に精通しているわけでもありません。
だから、こんな法令もありますよ、と知らせることも大切。
こんな事例もありますよと、前例も知らせることができれば、より万全ですね。
行政的な規制はすべて公共の安全のためにありますから、安全であることを示すことも大切です。
そうやって、行政官が安心して解釈や裁量を認められる状況を作るのが、行政との交渉を上手く進めるコツだとぼくは思っているわけです。