2010年4月11日日曜日

血液型を気にするのは日本人だけ


こんにちは

先日、ずっとインドネシア勤務だった友人が我が家に遊びに来ました。
現地で知り合った人(日本人)と結婚して、夫婦一緒に来ました。
嫁さんはすんごく豪快な人で、香港やシンガポールなど10年くらいアジア各国で働いてきたのだそうです。

香港の人は皆元気だ、って話になりました。
仲間意識も強く、世界中どこにいっても香港の人はワイワイ元気です。
ぼくら夫婦がニュージーランドに新婚旅行に行ったときも、何かうるさい集団がいるなあって思うと、香港の人たちだったりしました。
そんなおしゃべりをしているうちに血液型の話になり、日本人はなぜ血液型をこんなに気にするのかという話になりました。
血液型占いなんてあるのは、日本だけのようです(韓国では日本から輸入?されて一時流行ったようですが)。
そのとき、香港の人はO型ばかりだ、と友人の嫁さんが言いました。

そういえば、韓国の人はB型が多い。
韓国の人たちも、仲間同士でワイワイ元気だったりします。
でも香港の人とはちょっと違って、ぼくら日本人が見るとまるでケンカしているようなんです。
でもホントにケンカしているわけじゃなくて(ケンカ早いのも事実のようですが^^;)、ケンカするほど仲がいいって感じ。

要は香港の人も韓国の人も、お互い気心が知れている、という感じがします。
それは、ほとんどの香港の人の血液型がO型ばかり、ほとんどの韓国の人はB型ばかりだから、というのが原因なのではないでしょうか。
翻って日本人はどうかというと、A型、B型、AB型、O型が混在している。
A型が一番多いのは確かですが、多いと言っても4割。O型が3割、B型が2割、AB型が1割となっています。

香港の人(中国人)がO型、韓国の人(朝鮮人)がB型のように、たいていの民族は血液型がほぼ同じなんです。
ところが日本人は、いろいろな血液型にばらけています。
日本人のように、いろいろな血液型がばらけた民族は他にはないようです。
アメリカ人もばらけていますが、それは移民の国だからで、アメリカ人という民族は存在しません。
なぜ日本人の血液型はいろいろなのか。

日本列島はユーラシア大陸の東端に位置しています。
でも孤立しているわけじゃなくて、大陸とつながるルートがいくつかある。
朝鮮半島から対馬を通って北九州につながるルート。
樺太島を通って北海道宗谷岬につながるルート。
カムチャッカ半島から千島列島を通って北海道知床岬に通じるルート。
台湾から琉球列島と通じて南九州につながるルート。
あるいは航海技術が発達した時代なら、日本海や東シナ海を航海して直接渡ってくることも可能です。

これらのルートを通って、いろんな時代にいろんな民族が日本列島に渡ってきたのではないでしょうか。
そして日本にたどり着くと、そこはとどのつまり、東側は太平洋です。
太平洋をさらに東に渡ってハワイなどポリネシアまで行くのは、まず不可能です。
日本から出航した無謀な人たちもいたでしょうが、遭難するのがほとんどだったと思います。
つまり、日本に渡ってきた人はそれ以上どこにも行けなかったわけです。
日本は「極東」のどん詰まりなのです。
だから日本人は、いろんな時代にいろんな民族が渡ってきてそれ以上は移動できなくなって定住した、吹きだまりのような民族なのです。
その意味で、日本人はいわゆる「民族」ではないのかもしれません。

「ミトコンドリアイブ」というのがありますが、これは女性の卵子を通じて受け継がれるミトコンドリアのDNAを解析して、人類の起源を研究するものです。
ミトコンドリアの解析によると、現生人類は約10万年前にアフリカにいたたったひとりの女性に行き着きます。
これを旧約聖書のアダムとイブにちなんで、ミトコンドリアイブと名付けたんです。
同様に、男性だけにあるY染色体は男性だけに受け継がれます。
Y染色体のDNAを解析することによっても、人類の起源が研究されています。
それによると、やっぱり現生人類は約10万年前にアフリカにいたたったひとりの男性に行き着きます。
これを「Y染色体アダム」なんて呼ぶそうです。
けれどもミトコンドリアイブとY染色体アダムが夫婦だったわけではないそうです。
不思議ですね。

ともかく、ミトコンドリアのDNA、Y染色体のDNAの解析によって、アフリカで生まれた人類が、いつどこで人種に分かれ、どいういうルートでそれぞれの土地にたどり着いたのか推計もされています(崎谷満『DNAでたどる日本人10万年の旅』昭和堂)。
同書によると日本人は、旧石器時代にサハリン、カムチャッカ半島を経てたどり着いた人々、縄文時代に朝鮮半島から渡ってきた人々、弥生時代にやはり朝鮮半島経由で渡ってきた人々、いろいろな時代にいろいろなルートで大陸から渡ってきた人々の混合なのだそうです。

民族というのは同じヒトという種ではあるけど、遺伝的違いや文化的違いはあるわけです。
性格も違うことでしょう。
同じ民族の仲間同士なら平気なことでも、ちがう民族に対して同じことをしたら怒り出したり、攻撃されたりすることもあったかもしれません。
下手すると殺されちゃうかもしれません。
だからたくさんの民族が混在した日本では、相手がどんな素性の人かを知る必要があった。
そうじゃないと身に危険が及ぶことが多々あったんじゃないか。
相手の素性をある程度知ってからじゃないと、気楽につきあうことができなかったんだと思うのです。

日本人は細やかに相手を思いやる気持ちが強いと言いますが、こういう事情があったのかもしれません。
逆に言えば、香港や韓国の人たちは最初から同族なんだからそんな心配はしなくていい。
なので、それほど相手を思いやる必要なんかないんじゃないかって思うのです。
香港の人たちが和気藹々としていたり、韓国の人たちがけんか腰だけど仲がいいのは、そういう理由なのではないでしょうか。
それに対して日本人は相手の気持ちを十分慮ることなしに、つきあいができなかったのだと思います。
そういえば、未だに日本の学校の国語の授業では「気持ち」ばっかり想像させますよねえ。。。
子どもの頃から、行間の、言外の、相手の気持ちを推し量る訓練をしているんでしょうか。
それも日本人としての処世術を訓練しているのかもね。
こういう歴史を背負った日本人は、相手の素性を知ることに強い関心を持つようになっていったのだと思います。

で、世界で初めて血液型と性格との関係を研究したのは古川竹二という人です。
昭和の初めの頃のことです。
古川先生は東京女子高等師範の心理学の先生でした。
子どもたちの性格を早く正確に掴むことができればよりよい教育ができるはずだ、と考えたんです。
血液型と性格には相関があるらしいと気づいた古川先生は、それについて研究したんですね。
これが今日の血液型占いに発展(?)する源流です。
そしてそれが、そもそも日本人が持っていた、相手の素性を知りたいという気持ちとぴったり重なったわけです。
これが日本人が血液型占いにはまる原因なのではないかって、ぼくは考えているのです。


写真は我が子二人。
まだ血液型検査はしていません。
ヒトは胎児の時は全員O型なんです。
それは胎盤を通して母親の血液と接触、一部混ざり合いますからね。
母親と赤ちゃんが違う血液型のとき、血が固まっては困ります。
O型というのは、血液型がない、すなわちゼロという意味です。
血液型がないので、他の血液型の人に輸血しても固まらないわけ。
だから胎児の血液型はOなんです。
生まれてから徐々に遺伝的に決まった血液型を発現していく。
よってある程度成長しないと、血液型もはっきりしないんです。
最近は学校で調べてくれないそうです。
我が子たちは、小学校に入学する頃に血液型を調べようかと思っています。

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