2008年11月29日土曜日

いい顔になろう!

こんにちは

誰にだって挫折経験はありますよね。
失敗してしまった、思うとおりにはいかなかった。
自分の非力さを思い知らされて、がっくり来ることが。
そこから立ち直るとき、人は二種類に分かれるようです。

どうやって敗者復活戦を闘っていくか。
一つは、自分の至らないところ、不足する力を補おうと、努力を始める人。
あるいは、自分の長所をさらに伸ばし、アドバンテージを確保していこうという人。
要するに、自分を変えていくことで人生の再挑戦していこうとする人ですね。

もう一つは、自分のことはさておき、それより他人のアラを探し出す人。
確かに、他人の弱点を掴めばその分自分にアドバンテージが生まれます。
他人を引きずり下ろすことで、自分を勝者にしようという考えです。

前者が「絶対基準」による戦略、後者が「相対基準」による戦略と言えそうです。
果たしてどっちが楽に闘っていけ、最終的にハッピーになれるのか。
ぼくは前者を選びたいですね。
だって他人のアラを探すのって、疲れるもん。

いつも他人を気にして、自分より上にいるヤツ、上に行こうとするヤツの行動を見張っていなくちゃいけない。
何人も何人も見張り続けて、誰かがミスをしないか、落ち度はないか探し続ける。
これは並大抵な努力ではできませんよ。

それで何回かは誰かを引きずり下ろすことに成功するかも知れません。
でも、それだけ自分の努力と労力を傾けたとしても、自分の実力はちっとも上がっていないのです。
追いついてくるヤツ、突き上げてくるヤツは後から後からやってくるんです。
その数はどんどん増えていくわけですよ。
だって、自分はずっと同じ場所にいて、それを迎え撃っているだけなんだから。

そうなると、いつも不安の中で生きなくちゃならない。
自分に実力がないから、いつまでたっても自信を持てない。
それって非常に疲れることだと思うんですよ。

それならもっと自分を安全確実な場所へ移動させちゃう方が楽でしょ。
他のヤツらはおいそれとはやってこれない場所、追いつけない場所まで行ってしまえばいい。
安全地帯にまで行ってしまえれば、心安らかになれるはずです。
もちろん、安全地帯に行くまでにはそれなりの努力は必要ですよ。
でも少なくともしばらくはのんびりハッピーに生きることができます。

そして自分の実力が上がったという自信が生まれ、心に余裕が生まれます。
余裕が生まれれば、さらに上を目指すパワーが生まれてくるんです。
またがんばろう、努力しようという気力が生まれる。

だからぼくは自分を鍛える方を選ぶ。
同じ努力をするなら、こっちがいいとぼくは思っています。
それにねー、他人のアラばっかり探していると、人相悪くなりますからね。
健康にも悪そうです。

林道義『母性の復権』中公新書\660-から引用します。

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表情というものは、長い人生のあいだに、その人が体験してきた感情生活の現れである。
感情生活が豊かで、しかもいつも洗練されたよい感情を抱いている人は、顔の表情が豊かで穏やかで、笑顔が基本になった表情になる。(36p)
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自分の弱さを自覚して自らを鍛えていけた人は、自信が生まれいい顔になれるんだと思います。
リンカーンが「40歳を過ぎたら顔に責任を持たねばならない」と言ったのは、40歳過ぎたら自分の生き方、生きる姿勢を確立していなくてはいけない、という意味だったんでしょうね。
他人を蹴落とすような生き方ではなく、自分を鍛えてきた人間は美醜はともかくとして、いい顔になっているはずなんです。

40歳を過ぎた頃から、顔を見ればどんな生き方をしてきたか、それが一目瞭然になってしまうわけです。
それが「顔に責任を持て」ということなんだと思います。
脳科学的にも、脳が正しく働き、喜びに満ちた生き方をしていると、顔にもそれが顕れることがわかっています。
顔は脳の反映なんですね。

もう5年くらい前でしょうか、藤原和博さんに泰明小学校で開催されたイベントの時にご挨拶したことがありました。
それ以前から藤原さんの講演を聴いたり、ホームページの掲示板に書き込んだり、何度かメールのやりとりはしていたんですが、直接お会いするのは初めてでした。
その晩藤原さんからメールをもらいました。「よっちゃんも晶ちゃんも、思った通りいい顔してました!」とっても嬉しかったです。
嬉しさと共に、背筋もシャンとしました。
これからもいい顔であり続けたいな、って。

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