2008年8月30日土曜日

思想を感じろ

こんにちは

ぼくは職場の衛生管理者もやっています。
和光研の従業員数も2000人以上もいますから、衛生管理者も法定で5人も必要です。
ぼくは主に建物、施設関係で職場の衛生環境を改善していく役割をしています。
安全衛生法で衛生管理者は毎週職場を巡視して、労働衛生状態が適切であるかどうか見て回ることと決められています。

ある研究棟を巡視したとき、研究者からこんな話を聞きました。

 時々、特に夕方になると、急に排気設備が空気を吸い込まなくなる

巡視したときその排気設備は正常に排気していました。
なぜ時々、それも夕方になると排気しなくなるのか分かりませんでした。
有機溶媒を使ったり、揮発性の毒物を使うときは、排気設備の中で実験しなくてはいけません。
それらを極力直接吸い込まないようにして実験しないと、危険です。
だから、排気設備が停止してしまうのは危ないし、実験ができなくなってしまうということです。
その研究者に「また排気しなくなったとき連絡してください」とお願いしました。

その後しばらくして連絡が入りました。
排気が停まった、と。
研究室に行ってみると、確かにちっとも吸い込んでいません。
屋上に行って、対応するファンを確認すると停止している。
なぜだ??

事務所に戻って、その研究棟の古い図面を探して読んでみました。
ぼくが設計段階から関わった建物なら、どんな設備であるか頭に入っています。
でも入社前に建てたものは、図面を読まなくては分からないのです。

図面を読んで分かりました。
ビックリです。
排気設備は何部屋かの実験室をまとめて設置されており、そのon/offスイッチがその一部屋に付いているのです。
排気設備が急に停止して困っている、という研究室とは違う部屋にそのスイッチは付いているのでした。

その研究棟に戻ってそのスイッチを探してみると、やっぱりoffになっていました。
スイッチをonにして、排気設備のある研究室に行ってみると、正常に排気されていました。
スイッチのある部屋の研究員に聞いてみたら、「何のスイッチかよく分からなかったけど、省エネのため部屋が無人になるときや帰宅するときにoffにしている」とのこと。
原因はこれでした。

たぶん建物が完成したときには、それらの部屋は同じ研究室だったのでしょう。
同じ研究室なら同じような勤務をするので、スイッチが1ヶ所でも問題なかったのでしょう。
でもその後部屋の使われ方が変わり、異なる研究室が別々に使うようになった。
すると、不具合が発生してしまうようになったのでしょう。

ちょっとヘンテコな設計思想だと思いました。
なぜ多様な使い方を想定して設計しなかったのか。
でも文句を言っても始まりません。
ぼくに今できることをやるだけです。
それが実務者の生きる道。
研究者の方達に、実験室の排気システムの仕組みを説明し、スイッチの場所を教えました。
そしてそのスイッチにはテプラで「排気スイッチ・常時on」と表示しました。
もちろん、その研究棟の他の研究室にも行って、説明し、表示を貼り付けて回りました。

研究員の方からこんなメールをもらいました。
自分のやったことが喜ばれて、とても嬉しいです。

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古い建物だからということで悪い環境を我慢している場合が少なくありませんが、いろいろな相談に乗っていただけるのは大変ありがたいです。
空調や電気など、建設当時の設計については良く分からないという回答を担当課からもらったことがありますが、今日のように事情が分かるだけでも助かります。今後ともよろしくお願いします。
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ぼくは、建物で一番大事なのは「設計思想」だと思います。
どんな人が、どんな使い方をするのか、そのために建物はどうあるべきか、しっかりした思想を持って造る。
いい建物はしっかりした思想があり、かつその思想が明快なんです。
ぼくもこの仕事を10年以上それなりに意識して修業してきたので、建物に入っただけでもその思想が感じられるようになってきました。

牛尾治朗『男たちの詩』致知出版\1500-にあった安藤忠雄「常に全力疾走あるのみ!」に、こうありました。

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私には師がいませんけれども、師というのは何も人間ばかりではないんですね。
先人のつくった建物からもいくらでも学ぶことができる。
丹下先生のつくられた代々木の体育館もそうですが、やっぱり勇気を持って挑戦した人たちの仕事をしっかり見るということは非常に勉強になりますね。
あの時も、体育館を見ながら丹下先生という人を心の中で師と仰ぎ、ああいう志の見える建築をつくりたいと私は心に誓ったんです。(39p)
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ぼくは和光研研究本館をお手本にこれまで研究棟を造ってきました。
研究本館は昭和40年に建てられて、すでに40年以上使われています。
それでも研究棟として、不足なく現役で使われています。
それは、思想が明確でしっかりとしているからだと思っています。

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